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杏さやSS 二重螺旋は交わらない(Rewrite) 後編

03 10, 2013 | Posted in 魔法少女まどか☆マギカ | Thema 小説・文学 » 二次創作

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 杏さや小説の後編です。前編はこちら。字数は1万3千字ほど。前編と合わせて2万字程度となっております。圧縮して、これかと言われそうですが、よろしければ。


【友達】

 あたしは夢を見た。何度も何度も同じ夢を。そこは見滝原駅のホームだった。いつもの喧騒からは想像できないほどに静かで、不気味とさえ思えた。
 隣には涙を流すさやかがいた。
 夢の最後に、彼女は消えてしまう。あたしにはどうすることもできない。どんな言葉をかけようとも、離すまいと抱きしめても、彼女は泡となって消えてしまった。人魚姫のように。
 何度繰り返したのだろう。数えきれない。どんな結末も、最後には彼女の消失へと収束した。
 あたしじゃ王子になれないのかい。
 否、なれるはずがなかったのだ。もし人魚姫の演劇をやることになったら、あたしは王子ではなく、人魚の役だろう。そして、王子の役はおそらく……。
 彼女は運命という短刀によって、自らの命を断つのだ。
 その血によって、あたしは生かされるのか。わからない。そんな物語、悲劇でしかない。そんな結末を、あたしは望んじゃいない。
 せめて、同じ奈落に落ちる朋(とも)となりたい。
 それくらい、許してくれよ。
 もし神様がいるのなら。この呪われた性格が少しでも直るなら、まっさきに、さやかと友達になりたい。

     *

 多分こうなることはわかっていた。わかりきっていたのだ。それでも自らを学舎という檻に再び閉じ込めたのは、何かが変わると信じていたからだ。和子先生と会って、少しだけ自分が優しくなれたと、思っていたから。
 しかし、魔法少女の呪いは、そんな淡い希望をたやすく打ち砕くほどに、濃く不可逆的なものだ。
 佐倉杏子は嫌われ者。それは決まりきった公式。覆すことなんかできやしなかった。
 最初は、興味を満面に見せながら擦り寄ってくるクラスメイトも、あたしの粗暴な言葉と態度に次第に離れていった。
「ねえねえ、昨日のテレビ見た?」
「見てねぇよ」有名タレントの話なんかされたってわからない。
「ねえねえ、この雑誌の夏コーデなんだけどさ、どれがピンと来る?」
「知らねぇよ」服を買ったのなんか、十年以上前のことなのに。
 それが有名文学であったり、クラシック音楽、絵画の話であったら、良かったのかもしれない。これでも幼い頃は教養があったのだ。
 話についていけないあたしが、最初から彼女らの輪に溶け込めるはずがなかった。水と油のように反発するのは、わかりきっていたこと。いやたとえがよくないな。あたしは火なのだ。粗暴な言葉が彼女らの黒い油のように濁る敵対心を燃やしたのだ。
「なんなの、こいつ。せっかく仲間に入れてあげようとしたのに」
「生まれる性別間違えたんじゃない」
 言葉の暴力は、魔獣のように槍で消すことはできない。だから人付き合いは苦手だ。生き苦しいったらない。独りは慣れていたから。だけど、胸の奥をチクチクと刺すような痛みは、消えてくれなかった。これは、寂しいという気持ち。認めたくなかった。強くなりたい、ってのがあたしの願いだったじゃないか。
「ばっかじゃないの!」
 だから、閃光のように後ろから飛んできたさやかの言葉は、
「自分が優越感に浸れれば、あんたらはそれで満足なんでしょ。呆れる」
 姿は、光って見えるようだった。
「何よ。あなた、こいつの肩持つっていうの」
「持ったらどうするの? あたしもいじめる? いいわよ。鞄でも筆記用具でもなんでも隠せばいいわ。それともシューズに画鋲でもいれる? 言っておくけど、そんなことされてもなんてことないから。低俗な連中のいじめなんて、蚊に刺されるようなもんよ」
 いうだけ言ってしまうと、さやかはあたしの手を無理やり引っ張った。
「おい! どこ行くんだよ」
 尋ねるも虚しく、さっきは威勢を放っていた二人がポカンとこちらを見つめている姿が、遠くになっていった。
 さやかは屋上まで引っ張っていき、入り口のとびらを乱暴に閉めてからやっとあたしを開放した。
「なんでここにあんたがいんのよ」
「ええっと……その、成り行きだよ」
 半ば無理やりの出来事だったために、あながちその答えも間違ってはいない。
 さやかはどんよりと曇った空を睨むように見つめた。
「あんた、いっつもあんな態度で人と接してたわけ」
 正確には、あんな態度でしか接しられないから、人と避けていたのだ。だけど、訂正するのも、自分の弱さを露呈するようで嫌だった。
「それがあんたの呪いってわけ」
「はは、なんだ。理解が早いじゃないか」
「じゃあ、初めて会った時のあの悪口も」
 あたしは苦笑いして、
「あれは、半分本心」
 すこし口ごもりながら言った。
「ねえ、あんたはどうして魔法少女になりたいって思ったの」
 そういえば、あたしたちは互いのことをまだほとんど知らなかった。キュウべえから話を聞いていたあたしは、さやかに関する経緯を大筋で把握していた。けれど、彼女の口ぶりからすると、さやかはほとんどあたしのことを知らない様子だった。
 あたしは呪われた過去を話した。そういえば、こうやって人に話すのは二回目だ。だから、特別な感情を抱くことなく話すことが出来た。話せば話すほどに、過去が薄くなっていくように感じられた。それは、あたしの心を少しだけ軽くしたけど、同時に恐ろしいことでもあった。虫に食われるように、両親の、妹の顔が黒く滲んでいくように思えたのだ。
 さやかは話を聞いても動じる様子はなかった。ただ、淡々と相槌を打ったり、時折質問を重ねて、あたしの話を終点へと導いていった。
「あんたは、あたしに似てるんだね」
 苦笑いを浮かべ、さやかは言った。同情でも、嘲りでもない。それは純粋な理解だった。
「で、どうするの。あんたは何がお望みなの。家族を救いたくて、強くなりたくて、願った思いは裏切られて。それで、あんたはどうしたいの。どんな粗雑な言葉でもいいわよ。言ってみなさいよ」
 ささやかな風がさやかの髪を揺らした。優しい微笑みで、彼女はあたしを見つめていた。
 すべて受け止めてやると、語っているように思えた。
 すがっていいのか、不安になる。だけど、ほんの少しだけ身長の高いさやかの胸を借りて、あたしは言った。
「と……友達になってやってもいい」
「なあに、聞こえない」
 こんなときに、さやかは意地悪そうな声をかけるんだ。たまらない。
「だから、友達になってやるって言ってるんだよ」
「もうちょっと、言葉を変えて言ってほしいなぁ」
「……友達に……なってくれ」
「まぁ、いいか。合格」
 今までにもない笑顔を咲かせて、さやかはあたしを強く抱いた。涙が隠れて、ちょうどよかった。

 その日は、さやかと一緒に下校した、いきなり手をつないでくるものだから、心臓が飛び上がるほどに脈打った。
「なに驚いてるのさ。友達、なんでしょ」
 彼女の手は温かくて、離してしまうのが惜しくて、あたしは少しだけ強く握り返した。
「あたしさ、部活入ろうと思うんだ」
「部活? 入ってなかったのか」
 意外だった。将来有望のヴァイオリニストである上条恭介と幼馴染であるのだから、てっきり音楽関係の部活に入っているものかと思っていた。あたしはまだ彼女のことをよく知らない。そのことを急に思い知らされるようだった。時間は限られている。そのことが、心に焦りを生む。
「そう、あたしは最高の聴きてになるんだって、音楽鑑賞の部活はがないのを言い訳にして逃げてたのよ。歌うのも下手、。ピアノも数年で投げ出しちゃった。多分、恭介と比べられるのが怖かったのよ。笑っちゃうよね。大した努力もしないでさ。でも、今は理由ができた」
 聞いてはいけない。心のそこで警報がなる。しかし、それは受け止め無くてはならない答え。
「理由って、何さ」
「生きてるって実感が欲しいのよ」
 魔力の消費も構わず魔獣と連日戦っていたのは、何もしていないのが耐えられなかったから、とさやかは遠くを見るようにして笑った。
「あんたと会って気が変わったの。あたしは、笑いながら消えたい」

 どんなハッピーエンドにもノーマルエンドにもいけないゲームが有るとしても。結末がバッドエンドばかりだったとしても、その中で最上の終わりを目指す。言葉にすれば単純だが、それがどれほどに重い決断か、あたしには図りかねた。だけど、さやかは選んだのだ。以前の彼女とは違う輝いた目を取り戻して。では、あたしはどうしたいのだろう。
 友達になって……それから……
 考えるのは苦手だ。だから、今はあいつと友達になれたことを素直に喜ぶことにした。
 あたしは和子先生が帰ってくるやいなや、友達ができたことを報告した。彼女は満面の笑みで「良かったわね」と、あたしを胸に抱き入れた。大げさだよ、という声も掻き消えてしまうほどに、心から彼女は喜んでくれた。
 和子先生の胸の温度は母親のぬくもりに似ていた。今はこの人があたしの家族。さすがに母さんと言ったら怒られるだろうけど。
「どうしたの、含み笑いなんかして」
「なんでもないよ」
 それからあたしらは、テーブルの席で相変わらずマズイお茶を飲みながら、初めてできた友達のことを話した。名前は恥ずかしいから伏せておいた。
 そのほとんどはあいつを馬鹿にしたものだった。人の事ばかり考えて自分のことを顧みずに損ばかり。無鉄砲で考えなし。エトセトラ。それでも、その裏返しが、彼女の好きなところであることを、和子先生はちゃんと受け取ってくれた。
「そう……、優しい子なのね」
「ああ。今日なんて、必要もないのにうるさいクラスメイトを追い払っちゃったりしてさ。おせっかいにも程があるよ」
 彼女は、あたしの話を終始ニコニコと楽しそうに聞いていた。
「で、杏子はその子のこと、どう思ってるの?」
「べ……別に。ただの友達さ」
 彼女の目が好奇心に歪んでいた。あたしは後ずさろうとすると、勢いで椅子が後ろに倒れてしまう。
 獲物を狩る目だ。彼女はあたしの元へ、表のように音も立てずに擦り寄ってくる。
 顔が近い、もうダメとあたしは悟る。あの目に見つめられると、魔法にかけられたように金縛りになってしまう。
「嘘をおっしゃい」艶(なまめ)かしい声で彼女は囁く。「わかるわ。好きな人のことになると、盲目になっちゃうものね。隠す必要はないわよ。性別が同じだから、好きになっちゃいけない理由なんてないのだから」
「そう意味じゃなくてっ!」
 あたしは和子先生を何とか押し返す。胸のドキドキは、心臓が壊れるんじゃないかというくらい大きくて、生命の危機さえ感じた。食われる恐怖にアドレナリンが過剰に分泌されたのもあるが、それ以上に、あたしの頭のなかに占めるさやかに対する思いが、なおさらあたしの血を熱くした。
 きっとこれは、彼女が考えてるのと同じ気持だ。だけど、認めてしまうのが怖かった。だって……
「その友達なんだけどさ……。もうすぐ、死んじゃうんだ」
「そう……」和子先生はさして驚くでもなく、すべてを理解したように頷いた。「杏子は、好きになった人とわかれるのが辛いの?」
 炎の中に消えた家族の姿が浮かんだ。優しい笑顔。温かいぬくもり。それが突如なんの予告もなしに断ち切られたしまった。過去は、未だにあたしの心のなかを悪腫のように取り付いていた。
「辛いさ。辛いに決まってる」
「だから、もう味わいたくないっていうの」
 彼女の目はまっすぐあたしを見つめていた。真剣に、あたしのことを考えてくれている。そんな目だった。
「そう……だよ」
 肯定するほかなかった。どんな偽りも、虚言も、見透かされてしまうことはわかっていたから。
 和子先生は、あたしの答えを咎めるでもなく、微笑みを浮かべ、
「縁のお話をしましょうか」
 と話を始めた。
「私はね、今はこんな恋に敗れ負けの惨めとしか言いようのない日々を送ってるけどね、それはずっと昔の馬鹿な自分を引きずっているからなの」
 これまで、彼女はあたしについて訊くことはあっても、自分のことについては、ほとんど語ってこなかった。
 あたしは相槌を打つことも忘れ、ただ聞き入っていた。
 童話を語り聞かせるように、淡々と彼女は語る。
「私の初恋は、同じクラスの女の子だった」
 その告白は、コーヒーにミルクを溶かすように、自然と受け入れられた。
「その子はね、弱い私を、いじめられている私を救ってくれたヒーロでもあったの。友達のいない私に、他の友達の輪から外れてまで、仲良くなってくれたわ」
 杏子と似てるかもね、と言って彼女は笑った。
「私は彼女が好きだった。好きで好きで……でも、告白することはできなかったわ。あの頃はまだ、女の子同士なんて気持ち悪い、許されないなんて雰囲気があってね、きっと怖かったんだわ。友達でいられなくなることが……」
 結局その友達には彼氏ができ、結婚し子供も生まれた。完敗だったわ、と和子先生は自らをあざけるように言った。
「でもね、彼女とは今も親友よ。会う度に胸が締め付けられるくらいに苦しくなるけど。……今も、恋をしてるのね」
 親友という鎖にしがみついているのよ、と彼女は寂しそうな顔で言った。
「だから、他の人を愛そうと思っても、心のどこかでブレーキをかけているの。彼女の代わりになんかなってくれないってね」
 目にはうっすらと光るものが会った。
 和子先生は、あたしを優しく抱いて。
「縁が切れるかもしれないなんて思っちゃダメ。いつだって、自分からきろうと思わない限り、糸は必ずつながってるの。だから……自分の心に嘘をつちゃダメ。思っている人のことを、大切にしてあげてほしいの」
 チェックのスカートに水滴が落ちる。その雫は、あたしの心の水面を波紋となって揺らした。


【刹那】

 一日がすぎる早さは、線香花火が落ちる様に似ている。たくさん用意してあっても、少しずつ確実に落ちていき、いつの間にかなくなってしまってる。さやかに残された線香花火は少ない。だけど、その一つ一つを、できる限り長く、綺麗に輝かせることはできるはずだ。あたしはそのための火となろう。パチパチと一日を照らす灯となって、光を届けよう。
 さやかと友達になってから、あたしたちはいろいろなところへ行った。
 ショッピングモールでは、さやかの好きなアーティストのCDを一緒に聞いた。クラシックは教養として知ってはいるが、好きという程ではなかった。だけど、さやかの好きのものとわかってからは、少しだけ音の輝きが増して思えたのだから不思議なものだ。
 本屋では、好きな本を紹介しあった。あたしが勧めたのは、『ユゴーの不思議な発明』。パリ駅の秘密の部屋に隠れ住む少年が主人公の白黒の絵本だ。絵本とはいっても、中身は本格的な小説である。
「意外……。杏子ってそんな本読むんだ」
 と、ちょっと馬鹿にした調子のさやかにはかちんときたが、そんなささいなこと「悪かったな」と許してしまえる。
「赤面してたら、悪口に聞こえないね」なんて言われると、なおさら恥ずかしくなる。
「ちょっとだけ、自分の境遇と重ねていただけさ」
 物語の中で、主人公は世界を大きな機械にたとえ、必要でない部品はないと説いている。その言葉はあたしを随分と力づけてくれたものだった。
 へえと、感心しながらさやかは本をレジに持っていった。
 時間のある日は映画を見に行った。彼女が進めたのは子供向けのファンタジー映画で、少しだけ驚いたが、ああ、そうか、これがさやかの憧れなのだと、スッキリと胸に落ちた。
「意外と面白いでしょ。なんか、こう勇気をもらえるっていうか、あたしたちも負けてられないって思わない?」
 彼女の顔に、かすかだが陰が見えた。映画の中の主人公は、いつだって幸せのままに幕が降ろされる。
 さやかの憧れは、今では嫉妬の裏返しなのだ。
 あたしは、さやかの手を強く握ってやることしかできなかった。
「ねえ、杏子。あたしがいなくなったら、さ。あんたが代わりに見滝原のヒーローになってよね。約束だから」
「馬鹿、言うんじゃねえ……」
 いなくなるなんて言わないでほしい。あたしの代わりに、なんて。こらえていたものが溢れ出しそうになるから。
 テストが開けて部活も休みの日には、遊園地に行った。お化け屋敷で、あたしが怖がりなのを知って、さやくは笑い転げた。ジェットコースターでもあたしの手は震えてて、だけど、さやかがしっかりつかんでくれていたから、怖くはなかった。
「あっはは。楽しかったね」
 観覧車の中でさやかは満足そうに言った。
「ひとみは、お嬢様だから誘ってもいい顔しなくってさ。まったく、人生の半分は損してるっての」
 偽りの笑みは、雲にかくれるように沈んでいく。
「本当に、楽しくて……楽しくて……」
 彼女は笑っていた。でも、その目からこぼれ落ちるのは涙。とめどなく溢れる雫は、めぐってもめぐっても止まらなかった。
「あれ、おかしいな。うれしいはずなのに、幸せなはずなのに……」
 あたしの胸は、破裂しそうなくらいに悲鳴をあげていた。観覧車を揺らさないくらいに、そっと寄ってさやかの背に手をまわす。押し隠していた嗚咽が漏れ聞こえた。
「無理すんじゃねえ! 悲しければ、泣いていいんだ」
 それが許されるくらい、あんたは苦しんだ。そして、今も……
「ありがと、ね……。あんんたがいなかったら、とっくにどうにかなっってたかも」
 あたしには、狂った歯車が崩壊するのを遅らせることしかできないのだ。固定された砂時計をひっくり返すことは叶わなかった。
 どうして、幸せなことよりも辛いことのほうが印象に残るのだろう。
 どうして、涙は次から次へと溢れ出てくるのだろう。
 どうして……
 あたしは、さやかの綺麗に澄んだ目を見つめた。いいよ、と言ってるように思えた。
 顔を近づけ、唇がほんのすこし触れたかと思うと、さやかがあたしを抱き寄せ、暖かな感触が口元を包んだ。
 愛してるとか、好きとか、いくらでも言葉は浮かんだ。でも、そんな単純な言葉では、この気持は表せなかった。
 ただひとつ確かなことは、最後まで彼女のもとにいたいということ。そして、彼女のことを決して忘れはしないと、あたしは心に決めていた。

 さやかのソウルジェムは日に日に黒に染まっていった。深い黒の斑が、次第に大きくなり、元の綺麗な青の輝きはとうに失せてしまった。それに反比例するかのように、夏の陽光は輝きを増し、空はどこまでも澄んだ青を映していた。
 夏休みの学校は、部活に来る生徒の掛け声で賑わっていたが、いつもと役割を変えた異質な空気を漂わせていた。屋上から見下ろすグラウンドの人々は、自動機械のようにせわしない。
 キュウべえから知らせがあった。今日の昼間、見滝原中に魔獣が現れると。普通、魔獣ってのは、人が溜め込んだストレスを吐き出す夜に現れるものだ。それが昼にだというのだから、いつもの雑魚とは話が違うのは間違いない。
「本当にいいのかい」
 あたしは、横に立つさやかに声をかける。手は固く繋がれていた。今だけは離したくなかった。おそらくさやかは、この戦いの後消滅する。あたしが代わりに戦うことで、随分と消耗は抑えられていたようだが、それも限界に近づいていた。ソウルジェムが黒く濁るに連れ、さやかの顔には時折痛みによる苦痛が現れるようになった。頑張って笑う姿が、なおさら痛々しく思えた。それでも、彼女は楽になりたいとは、決して言わなかった。あたしといれる時間を選んでくれたのだ。
「最後くらい、あんたの役に立たせてよ」
「ヒーローはそうでなくっちゃな」
 どうしてもぎこちない笑みになってしまう。しかし、感傷に浸っている暇はない。
 空は津波のように押し寄せる暗雲に塞がれていく。それとともにソウルジェムが光を増していく。
 赤い雨が、血の涙のように降り注いできた。生徒たちの悲鳴が聞こえたが、それもやがて消えた。それでいい。そこはあたしたちの最終公演の舞台なのだから。
 魔獣は無数。小さな子どもの姿をしていながら、その一体一体が、醜い憎しみに満ちた笑みを貼り付けている。
 さやかが先行し屋上から飛び降りた。いくつもの剣を五月雨のように天空から振らせ、魔獣たちの身体を引き裂いた。がむしゃらに突進し、前のみを見、群がる獲物を次々と切り刻んでいった。
 いくつもの悲鳴と血が吹き出し、地面はグロテスクな赤で染められていく。
 あたしは後ろからさやかの隙を伺う奴らを、丁寧に一匹一匹消していく。
 魔獣はまるで戯(たわむ)れるように、その爪を、ナイフを、小銃をあたしたちに振り回す。持てるものへの嫉妬、努力が報われなかったことに対する恨み、恋人に振られた嘆き……。奴らを葬る度に、彼らを生んだ黒い感情があたしにも流れこむ。胸が焼かれるようだった。だけど、こんな呪いとは比べ物にならないほどの痛みを、あたしたちは知っている。
 あんたらがガキの遊びを披露するのなら、あたしらは優雅な舞を見せてやろう。剣と槍の舞。咲き乱れる剣筋に見とれるがいい。
「大丈夫かい」
 勢いを殺さず、魔獣を狩るさやかに声をかける。
「これくらいじゃヒーローは音を上げたりなんかしないのよ」
「はは、そうかい。しっかし、キリがないな」
 いくら剣を、槍を振るおうとも、次々と奴らは現れた。土の中から沸き起こり、空から降る雨から新たな子どもが生まれ、減るどころかむしろその数は増えている。どれもがいびつな形をしており、まるでホラー映画にでてくるようなゾンビのようだった。
「怖くないの」
「怖がってちゃ仕事にならないだろ。それにしても、こいつは本体が別にいそうだね……」
 あたしは有刺鉄線の隔壁を展開させ、敵の侵入を阻み、あたりをうかがう。
 どこだ。悪趣味な死霊魔術師(ネクロマンサー)は。状況を一望でき、かつあたしたちを欺く事が出来る場所……。
「あそこか!」
 あたしははっと振り向き、上を見上げる。学舎の屋上、っさきまであたし立ち退いた場所に向け、槍の先を向ける。
「見えるかい?」
「ええ、すっかり騙されてたみたいね」
 屋上の柵を超えて、一人の少女が下を見下ろしている。その後ろには赤い影。
 あたしはさやかに耳打ちをする。舞台のクライマックスとなる台本を。
「最後はシンプルに……な」
 鉄柵を解除する。同時に折り重なるように魔獣の群れが覆いかぶさってくる。
「道はあたしが作る」
 あたしは、力を一杯に込めた槍を一突き。その軌道上を、空気の波動が追うように走り、赤い人垣の間にトンネルが掘られる。
 さやかが矢のように走りぬけ、あたしも後を追った。
 奴らは密集してたがゆえに、トンネルは浅く、簡単に奴らをやり過ごすことができた。あたしたちは一直線に学舎へと駆ける。
 本体は怯えた表情を浮かべていた。突破できないとでも思っていたのか。
「さあ行くよ!」
 槍を前に突き出し、その先端にさやかが飛び乗る。
 思い切り上に振り上げると同時に、槍を分解し、限界まで行った所で勢いそのままさやかが飛び上がる。
 驚いたのか、魔獣は人質の少女を下に落とした。
「迷うな! あたしを信じろ!!」
 後ろからは血の衣をまとった子どもの群れが、雪崩のように押し寄せる。
 間に合え!
 落ちてくる少女にのみ意識を向ける。
 さやかが刀剣を振るうのが見えた。
 あたしが少女を抱きとめるのと、空からこの世のものとは思えない悲鳴が轟くのは同時だった。
 禍々しい黒い血空からこぼれたかと思うと、砂のように消えていった。宝石のように降り注ぎ、やがて空気に溶けていく。空を覆っていた雲は嘘のように晴れていった。
「はは、夢でも見てたかのようだね」
 息を切りながらあたしは呟いた。
「おーい、さやか! 終わったぞ!!」
 呼ぶも返事はなかった。疲れて眠ってるのかもしれない。
 あたしは意識を失っている少女を日陰に横にしてから、変身を解た。二段飛ばしで階段を駆け上がっていく。
 なぜだろう、胸が針で刺されたように痛む。胸騒ぎがする。
 そんなはずはない。屋上のドアを開ける。この向こうにはさやかがいて、笑いながらあたしを待っていてくれるはず。
「さやかっ!!」
 夏の暖かい空気が頬をなでる。チェックのスカートがひらと揺れた。差し込む陽光に目を細めながら、あたりをうかがう。
 誰もいなかった。
 隠れているのかもと、隅々まで探してみたが、あたしの声に答えてくれるのは、再開した部活のブラスバンドの楽曲だけ。
 そこにヴァイオリンのソロパートが混じった。聞いたことがある。さやかが好きで、あたしも好きになった、ラフマニノフのヴォカリーズ作品34 第14曲。
 そのたおやかで、哀愁を漂う音色に、あたりが静まった。
「さやかのために、弾いてくれてるっていうのかい」
 雨がポツリと一滴だけ、あたしの目から溢れた。
 覚悟していたことだ。わかっていたことだ。なのに、涙は地面を濡らしていく。
「さやか…………」
 呼んでも彼女の声は返ってこない。
「泣いてんじゃねえ。泣くな杏子! ヒーロになるんだろう……。止まって、くれよ」
 上を向いて……。あたしは有名な歌を思い出し、天を見上げる。
 そこには雲ひとつない、
 清かな青空が広がっていた。


【螺旋】

 日々はめぐる。くるくると。さやかがいなくなっても、この世界の歯車は狂うことなく回り続ける。ならば、さやかはこの世界にとって不要な部品だったということだろうか。否、彼女によって命を繋いだ人もいれば、あたしのように救われた者だっている。あの時、あの時間にいた彼女によって、間違いなく、ほんの少しだけど世界の歯車は動いていたのだ。
「ねえ、見滝原中で美樹さやかって子、知らない」
 さやかが居なくなったあと、あたしは和子先生に尋ねた。もしかしたら、と思った。和子さんなら覚えていてくれるのではないか、と。それが儚い望みだとしても、聞かずにはいられなかった。
「ええと、そんな生徒はいなかったと思うけど……。ごめんなさいね」
 しかし、返ってきた言葉は、かえって深くあたしに現実を突きつけた。
「そういえば、最近変なことがあるの。人数分用意してあるはずの机が一個余っちゃっててね。すぐに片付けたんだけど、クラスの子が怪談だって騒いじゃって」
「ねえ……先生」
 あたしは彼女の話を遮って言った。
「あたし、さ。大切な人を亡くしちゃったんだ。そいつはさ、誰よりも正義感が強くて、何度も弱いあたしを助けてくれたんだ。だけど……突然いなくなっちゃったんだ……」
 流さないと決めた涙が頬を伝う。どうして感情というものは、こうも制御が効かないものなのだろう。あたしは何度も何度も乱暴に目もとを拭った。
「そんなにしたら、目が傷ついてしまうわ」
 そういって、和子さんはあたしの頭に腕を回し、胸へと導いた。ぎゅっと、苦しいくらいに強く。
「負けるな……。がんなbれ杏子。狂しいときは私が味方になってあげる。だから……」
 和子さんの言葉は胸が熱くなるほどにうれしいものだった。しかし、あたしはずっと彼女とはいられない。どれだけ偽っても、あたしが人とは違うことは、いずれ明らかになるだろう。そして、あたしといることで、彼女に危険が及ぶかもしれない。
「ありがとう……。本当に……」
「…………」
 いつまでも、彼女はあたしを離してくれない。
「ねえ、苦しいよ」
「あなた、ここを出るつもりでしょう。言っとくけど、そんなの私が許さないから! もし家出なんかしたら、街中に張り紙して、警察に届け出て、世界中の端までもあなたを探しにいくから」
 あまりの愛の重さ。だけど、今度流れた涙は、嬉し涙だった。
「あとすこしだけ、お世話になっても……いいか?」
 せめて、卒業して一人立ちできるまでは。それくらい、どんなに残酷な神様だって許してくれるはずだから。

 和子さんの優しさは、あたしの心を幾分癒してはくれたが、人を失った空白はそう簡単に埋められるものではなかった。
「随分と気を落としているようね」
 久しぶりの魔獣退治のあと、ほむらが声をかける。一人でも十分な敵なのに、何の用かとあたしは訝る。
「別になんともねえよ。あいつが居なくなったって、あたしのやることは変わらない。それに約束しちまったしな。あいつの代わりになるって」
「とても平気なようには見えないけど」
 彼女は薄い笑みを浮かべる。
「何がおかしいんだよ」
「あなたは、まだ幸せなのだと思って」
「幸せだって!?」
 あたしはほむらを睨む。いつも、知った口で抜け抜けと。罵倒の言葉がいくつも浮かんだが、吐き出す前に「杏子」と、ほむらの声が遮った。
「ねえ、さやかは常に魔力を放出していたらしいわね」
「ああ、それがどうしたんだい」
「では、その魔力は一体、どこに消えてしまったのかしら」
 突然の謎かけになおさら眉が寄る。
「何が言いたいんだい?」
「察しが悪いのね。でも、教えてあげない。私が言えることは、ただ生きなさいってこと。さやかのことを想ってるいるのならね」
 答えを尋ねようとしても、はぐらかされてしまうことはわかっていた。
「二重の螺旋は決して交わることはないわ。でも向かう方向はおんなじ。それならば、一度見失っても、いつかまたすれ違う時がくるって思わない?」
 頭のなかに閃くものがあった。しかし、それが本当だとしたら。
「はは、まいったな。こりゃおちおち死んじゃいられないや」

   * * *

十四年後

 片時だってあいつのことを忘れたことはない。あのとき、あの場所で生きていたさやかのことを。刃を突き交わしたこと。いじめられそうになったあたしを助けてくれたこと。これまでも、これからも決して忘れまい。あたしが忘れたら、本当の意味であいつは消えてしまう。
 時が経ち、見滝原の様子も随分と変わったようにも見えるが、そうじゃないようにも見える。相変わらず人混みはうざったいし、息苦しい。めまぐるしく時間を捨てるようにして働く人々は、働きアリを連想させた。
 あたしは高校を卒業し、遠くへ就職する振りをしてから、魔法の力であたしの存在を消し、和子先生のもとを離れた。後悔はない。彼女も、若いころの鎖を断ち切って、告白、玉砕とけじめを付け、それなりの幸せを手に入れた。彼女の新しい恋人が誰なのかは、聞くだけ野暮な気がした。
 空は和子先生と会った日のように、どんよりと曇っていた。だけど時折差し込む光はやっぱり心を洗われる程に綺麗で、見入ってしまう。あたしは郊外にある公園を訪れていた。家はすでにない。陽光を反射するステンドグラスがないのは、ちょっとだけ寂しかった。かつて教会だったそこは、一度更地になった。無駄に広い土地は、今や再開発されて新しい家々がひしめき合っている。入り組んだ路地を歩きさらに奥に行く。すると突き当りに、さびれた喫茶店がある。
 扉を開けると、入店を知らせる鐘が、小気味よい音をたてた。すぐに明るく澄んだ声がカウンターの向こうから聞こえる。
「いらっしゃい」
 あたしの姿を認めて、女店主の顔が明るくなる。
「あら、杏子じゃない。久しぶりね」
 一見外国人かと疑ってしまうような金髪の縦ロールの少女、巴マミは親しげな微笑みを向けた。花型の髪飾りが、オレンジの電飾に暁のように光っていた。
「紅茶」
 あたしは、カウンター席に腰掛けて一言。
 はいはい、と彼女は楽しそうに鼻歌まじりで準備を始める。
「まるで夫婦みたいね」
「馬鹿言うんじゃないよ。あいにく先客ありなもんでね」
 くすくすと彼女は笑う。趣味を職にしてから、彼女は随分と変わった。しかし、人の殆どはいらないところで、よく仕事を続けてられものだ。聞くと喫茶店での収益は、雀の涙程度だという。裏稼業で稼いでるとか。キラリと輝く彼女の目を見て、踏み込んではいけない話題であると判断した。
 店内には、エリック・サティのジムノペディ第一番が流されていた。さざなみのように押し寄せる音楽に心が洗われるようだった。
 マミさんが淹れる紅茶は、昔と変わらない味だった。心地良い苦味とともに甘い香りが口の中に広がる。
「お菓子は、スコーンがいいかしらね」
 あたしの来訪に合わせて、用意してあったらしく、できたてのものがティーカップの横に並んだ。紅茶の温度が冷める前だったのでちょうどいい。
「マミさんは、まだ魔法少女続けてるの?」
「ここにいるってことは、答えは一択じゃなくて? まあ、でも最近は新しく入った子に任せることが多いわね」それは初耳だった。キュウべえとの会話も、飽きが来て、最近は魔獣狩りの成果を渡すだけで済ますことがほとんどだったのだ。
「その子、張り切っちゃって。私にも成果を分けてくれたりもしてくれるの」
「はは、いいように使われてるだけじゃないか。とんだお人好しだね」
「あら、そんなお人好しを好きになったのはだあれ?」
 あたしは、恥ずかし混じりの苦笑いを浮かべた。
 と、そのとき後ろで新たな来客を告げる音が鳴った。
「あらあら、続けての来客なんて珍しいわね。何か良いことがあるのかも」

   * * *

 あたしたちは、果てしない螺旋階段を登り続けている。交わることは決してない。同じ運命などあるはずがないのだから。だけど向かう方向は同じ。距離はすぐそこ。ならば手をつないで登って行こう。くるくると、踊るように、終わりのない旅路を。
 何度あんたを見失っても、また見つけるまで、歩いて行こう。
 螺旋が途切れるまで、ずっと、ずっと。


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樹

似非店員:樹
百合と眼鏡が好きな人です。
日本語、和風なものも大好物。
掲載しているものは、主に百合もの、ファンタジー小説となっております。
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