まどか☆マギカ 二次創作 二重螺旋は交わらない

02 23, 2013 | Posted in 魔法少女まどか☆マギカ | Thema 小説・文学 » 二次創作

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 先日予告しましたとおり、杏さや小説を公開したいと思います。時系列は、アニメ終了後となっており、一部漫画版のthe defferent storyの設定も借りています。アニメ後の世界の設定は、一部の資料では語られているかもしれませんが、私はほとんどそういったものから得た知識を持っていないので、いくつかオリジナルの設定を加えています。あれっ、と思われる部分も多々ありますでしょうが、お楽しみいただければ幸いです。

 第一話『できそこないの魔法少女』の字数は1万1千字ほど。序章のような位置づけとなっております。計四話の長丁場となりますが、よろしければ、お付き合い願います。

【あらすじ】
 見滝原に新たな魔法少女が生まれた。名前は美樹さやか。彼女は、魔力の先天的欠如、常時放出という障害を持つできそこないの魔法少女だった。同時期、佐倉杏子は再び故郷に舞い戻り、さやかとぶつかる。思いを異にする二人の出会いは最悪のものだった。



~二重螺旋は交わらない~

     プロローグ

 見滝原の駅のホームは海に沈んでいた。海面を貫いてきた光は、無数の帯を描いている。それぞれが意志を持っているように、ゆらゆらと揺れ、時折あたしの目に飛び込む光にまぶたを細める。
 これは夢だ。何度も何度も、繰り返してみる鮮明な夢。だから、息もできる。魚の一匹もいない完璧な静寂に、違和感を覚えることもない。
 あたしは、ホームにあるベンチに座っていた。他にいるのは、隣に座っている髪の短い少女だけ。遠目から見たら、少年かと疑ってしまいそうな、端整な顔立ちをしていた。いや、正確にはわからない。彼女の顔は、もやがかかったようにぼやけていて、よく見えなかったのだ。だから、思い描く凛々しい少女の姿は推測でしかなかった。
 うつむいているのは、悲壮に暮れているからだろうか。涙の粒が幾滴も、制服のスカートに染みをつくっていくのが見えた。
 声をかけることができなかった。否、そもそもここでは、声帯を震わせることすら叶わなかった。
 心の中で「止めろ!」と叫ぶ。これから何が起こるか、あたしは知っていた。それがあたしにとっての、彼女にとっての最悪の結末であることも。
 いくら声を絞り出そうとしても、喘ぎ声にすらならなかった。手足も、金縛りにあったみたいに、硬かった。
 少女がこちらを向く。悲しい顔で、作り笑いを浮かべていた。そして、最後に何かを呟やこうとするとき、静かだったホームに、突如電車が通り過ぎていった。存在しない空気を切る騒音に、彼女の呟きは、かき消される。
 ――何て、言ったんだ。
 言葉とならない質問に、答えが返ってくることはない。
 彼女の身体は、少しずつ欠けていく。少女は光を帯びた泡となって、足元から、徐々に海に溶けて行く。
「行くな!」
 叫ぼうとも、もがこうとも、海の鎖はあたしを縛り、はなさない。
 最後まで、彼女は涙を滴らせながら、
 清(さや)かな光となって、消えていった。



第一話 できそこないの魔法少女

     

 なんて魔法少女の多い町だ。見滝原に再び訪れたとき、最初に抱いた印象がそれだった。
「何の意図があるんだい」
 廃ビルの屋上に腰掛けるあたしは、キュウべえに尋ねた。魔法少女は通常一つの町に一人。多くて二人。それだけで用は足りる。
 かつて、ある魔法少女と共に魔獣を狩っていたときは、彼女とあたしとで二人だけ。それが今は、既に三人もの魔法少女がいるというのだ。もっと正確にいうならば、最近、三人になった、か。
 そんな飽和状態ともいえる町に、あたしを導いたのがこいつ。ネコの耳からウサギの耳が生えてきたような、へんてこな耳に、真紅の目玉が特徴的な生き物だった。
「単純な理由さ」と、彼はあどけない少年の声でいう。「ここ、見滝原には、最近魔獣が集中して現れている。理由はわからないけどね」
「だから、新しく魔法少女と契約したってのかい」
「そのとおりだよ。でも、誤算があった」
「そいつじゃ役不足ってことかい」
 キュウべえは、何を考えてるか読めない顔で「ご明察」とうなずいた。
「できそこないなんだ、彼女は」
「できそこない?」
「ああ、どういうわけか、魔獣と戦っているときも、変身を解いているときも、彼女の魔力は常に放出されているんだ。普通だったら、少し休めば回復するはずなんだけど、彼女の消費はそれを上回る早さで進行している。放っておいても、いずれ、消えてしまうだろうね」
 魔法少女は、魔力を使い果たしたとき消滅する。その言葉通り、自身の存在そのものが消滅するのだ。家族や友人の記憶からも、永遠に。
 もちろん、契約するときキュウべえは、そんなこと、教えたりしない。魔法少女となって、他の奴が死ぬのを見て、はじめてその事実を知ることになる。キュウべえは、それを希望の対価という。
「そいつは、自分がくたばったらどうなるか、わかってるのかい」
「最近知ったみたいだね。だけど、戦いをやめるつもりはないみたいだ」
「ふうん」
 ヒーロでも気取っているのだろうか。だとしたら、とんでもないバカだ。戦わないで休んでいれば、少しは長生きできるはずなのに。
 この世界には、魔法少女を引退したやつなんて、ごまんといる。そして永遠の命を、密やかに生きている。歳も取らず、ゆえに家族や友人からも、忘れ去られる道を選んで。縁さえ切ってしまえば、愛する人から忘れ去られる苦しさも、なくなる。この生き方が、魔法少女の幸せなのかは、知ったこっちゃない。ただ、多くの少女が、この道を選んできたというだけのはなしだ。
 しかし、それも許されないとなると、事情は違ってくる。
「そいつには、家族がいるんだろう」
「まぁ、いないほうが珍しいんだけどね。本来は」
 この町にいる魔法少女には、家族のいる奴のほうが少ない。聞く限り、キュウべえのいう一人だけ。
 そして、そいつはあたしとは比較できないほどの幸せを、ありえない勢いで消費しているというのだ。
「そいつの願いは?」
「片思いしている人の腕を治したらしいね。もっとも、その先の願いまでは叶わなかったらしいけどね」
 バカだ、おろかだ、ふざけてる。そいつの話を聞いてると、あらゆる罵倒を今すぐにでも浴びせたくなる。
「バカにするにも程があるぜ。そんなに早く死にたいなら、あたしが手伝えば、もっと早く片がつくってことだ」
「彼女をやるつもりかい」
「まぁ、二度と立てないくらいには、痛めつけるつもりさ」
「僕としては、彼女に対する期待はしていないから、構わないけどね」
 彼は、わけがわからないといったふうに、肩をすくめた。
「で、そいつの名前はなんていうんだい」
 美樹さやか。 
 キュウべえが言った名は、当然、初めて聞くもの。なのに、不思議と懐かしい響きに感じた。

 数日後、あたしは美樹さやかを偵察することにした。単純な興味以上のものが、あたしをさやかの元へといざなった。
 高層ビルの屋上という、最上の観客席から、大通りを見下ろす。夜景というスポットライトの中、さやかは独り戦っていた。
 繰り広げられる戦いは、とても見てられるものではなかった。映画の観客なら、数分で退散してしまうほどに、不恰好で、危なっかしい。
 戦っているのは、弓を獲物とする魔獣十体。純白の法衣のようなものをまといながら、しかし顔面は憎悪に歪みきっている。その体躯は人の十倍近くはあるだろう。ただ、その強さは見掛け倒し。魔獣一体一体は、大した力を持たない。だから、ああやって群れを成している。とはいえ、十体集まったからといって、所詮は雑魚だ。
 奴らは人の恨みや妬みといった呪いか集まって生まれたもの。放っておけば、人々に害をなす。だから、あたしたちがいるんだけど……
「あいつ、休んだりしてるのかい」
 キュウべえに尋ねると、彼は呆れたように首を振る。
「ここのところ、毎日戦っているみたいだね」
「だろうね」
 あいつは、距離をとりながら攻撃を仕掛ける相手に苦戦していた。原因は一目瞭然、疲労だ。魔法少女の戦いは、一日置きの場合が多い。理由は単純。魔力を取り戻すためだ。そのために、睡眠は必須なのだが、さやかはそれを怠っている。
「それで、よく戦おうって気になるな」
 彼女の武器はサーベル状の刀剣。誰に教わったか知らないが、いくつもの剣を生み出し、投てきし、遠くから攻める敵に対処していた。だが、そこがあいつの弱さだ。飛来した剣は、数体の魔獣をかすり、傷つけはしても、致命傷には至らなかった。
「魔力を分散させて、そんな弱弱しい斬撃与えたってしょうがないだろうに」
「巴マミと一緒に戦っていた頃は、もう少しうまくやっていたんだけどね。あくまで、サポートとしてだけど」
「へえ、マミと一緒に、ねぇ」
 巴マミ。あたしがかつて共に戦っていたパートナーの名だ。だが、今は縁を切ったただの他人。
「そりゃ、足手まといにはなりたくないもんな」
 あたしは、ソウルジェムに力を込め、戦闘用の真紅のドレス姿へと変身する。槍頭が二等辺の広刃となっている槍を軽々しく持ち上げる。
「何をする気だい」とキュウべえ。
「少し、遊んでくるだけさ」
 ビルの下は、都会の大通り。無数のライトが、流れ星のように飛び交っている。その中の一際大きな光めがけて、飛び降りる。大型トラックの荷台に足場を占め、魔獣との距離を詰めていく。
 視認できる敵は五体に減っていた。
「まあ、よくやったほうなんじゃないの」
 疲弊したさやかは、もう満足に動けない様子だ。そこを魔獣の手が襲いかかろうとしていた。
 しかし、あいつは逃げようとしなかった。
 迫りくる手に、恐怖しているかと思いきや、あいつの口元はうっすらと歪んでいた。
 笑っていたのだ。
 その真意を確かめる間はない。
 トラックと魔獣の距離はゼロに近づく。
 勢いそのままに飛び立ち、魔獣の背を一文字に薙いだ。
 確かな手ごたえと共に、耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。魔獣の身体は二つに裂かれ、地面に溶けるようにして消えていった。
 余裕さえ感じられた奴らの様子が変わる。あたしに適わないとみるや、さやかにとどめをさすべく近づき、弓をつがえる。
 遅い。打ち放たれる矢も、止まって見えるくらいだ。
 槍をヘリコプターの羽のようにまわせば、吸い込まれるように矢ははじかれていく。
 鎖で繋がれた槍を分解し、大きな円を描くように、振り回す。
「これで、終わりだよ」
 一薙ぎで、残りの魔獣を一掃した。
 手ごたえがない。こんな相手に苦戦していたというのだろうか。
 傍らのさやかを見やる。生気のない目が、あたしを見つめていた。

「あんた、誰だよ」
 開口一番の言葉が、それだった。
 生きてるんだかどうなんだか分からない目をしていたが、その奥には、確かな殺意が感じ取れる。
「助けてもらっておいて、それかい」
「頼んだ覚えはない。あたし一人でもやれた」
 彼女は、血を含んだつばを吐き捨てた。
「それより、質問に答えろ」
 ため息せざるを得ない。まともに話し合える状態にないことは、瞭然だった。
「佐倉杏子、あんたとおんなじ魔法少女だ。これで満足かい」
「何の目的で来たんだ」
 それには答えず、代わりにあたしは、
「あんた、もうすぐ消えるんだよな」
と、さやかの目を見据え、行った。彼女の目には、一瞬の動揺が浮かんだ。
「だから、何だって言うのさ。この町はあたしが守るんだ。お前なんかの助けはいらない!」
 殺意に満ちた眼差しであたしをにらみ、刀剣を構える。
 なるほど、できそこないの魔法少女だ。足は、身体を支えるのも辛いのか、震えているし、刀の切っ先は、不規則なメトロノームのように揺れていた。
 同じ魔法少女とは考えられないほどにボロボロな彼女に、刃を向ける気は失せていた。痛みつけるまでもない。
 そんなあたしの考えも知らず、さやかは迷わず、その殺意を込めた銀の刃を向け、突進してくる。
 綺麗な突きだった。先ほどの震えも感じさせない真っ直ぐな剣筋。全身全霊の一撃といったところか。
 読みやすいにも程がある。
 槍の石突で地面を突く。刀の切っ先は、縦一文に立てた槍の柄に、吸い込まれるように突き刺さった。
 力を横に逸らすと、面白いように彼女の身体は横にぶれる。そこに蹴りを入れてやる。鈍い音が響いた。骨の一本、二本いったかもしれない。
「あんた、惚れた男の腕治すために、魔法少女になったんだって」
 地面にうつぶせとなったさやかは、なおも立ち上がろうとする。その背を踏みつけると、やっと動きをとめた。
 その顔には、かすかな恐れが浮かんでいた。
「自分のための願いを、他人のために使ってやるなんて、心底呆れるね」
 あたしも、その一人だから、と心の中で呟く。
「黙れ……」
「黙らないよ。それで、その男は結局他の女に取られて、あんたはただ消えるのを待つだけのできそこない、ってわけか」
「…………」
「それで、自暴自棄になって、死に急いでるってのかい」
「……がう」
 あたしは、眉根を寄せる。さやかの目から、殺意と恐れが消えていた。彼女は嘲笑していた。自分自身を嗤(わら)っていた。
「ちがうよ。あたしがやらなきゃなんだよ。あたしが、この町を救うヒーローだからさ。ははっ。バカだよねえ。わかってるさ。こんなあたしには役不足なことだって」
 さやかの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。その姿が、あの夢の中の少女と重なって見えた。
 あたしは足をどけ、退散すべく背を向ける。追いかける気配はない。
「あんたが、戦ってるの見ると、むかっ腹がたつんだよ。幸せを、そんな簡単に捨てんじゃねぇ!」
 あたしは、歯噛みする。
 あいつを見ると怒りがこみ上げてくる。それと同時に胸の奥底が、少しだけ苦しくなる。
 町は、相変わらずビルとマンションの電灯に照らされ、昼より明るいくらいだ。それに反比例するように、空には星ひとつ見えなかった。泣きたくなるくらいに、暗い闇に覆われていた。
 すべてを諦めきったような、あいつの顔が、頭から離れることはなかった。



     

 あたしは、もうじき消えてしまう。この世界にいた事実さえも、すべてなかったことにされてしまう。キュウべえに聞くまでもなかった。既にこの運命は明らかにされていた。うつつのような夢の中で出会った少女によって。
 ずっと、遠い昔に会った気がする。
 鹿目まどか。
 彼女は、そう名乗った。はじめて聞く名なのに、懐かしく、それでいて愛おしい響きだった。おそらくこれは、親しい友人に抱く気持ちと同じもの。
 まどかは、あたしが魔法少女になった頃から、夢の中に現れた。とても綺麗で、優しい目をしていた。彼女といると、まるで母親の懐に抱かれているように錯覚した。
 けれど、その目は悲しみの涙をたたえていた。子供みたいに嗚咽し、ひたすら、こういうのだ。
「ごめんね」と。
「さやかちゃんだけは、救って上げられなかったの」
 彼女の背後に、いくつもの額縁が現れる。そこには、あたしの姿が描かれていた。あれは、違う世界の自分だ。教えられなくとも、自然に理解できた。
 額縁の中のあたしは、次第に異形の物に変わっていく。見るも汚らわしい化け物へと。ひとつとして例外はなかった。描かれるすべてがバッドエンドだった。そして、最後には真っ暗闇になる。何も残ることはなかった。
「あたし、消えちゃうんだね」
 魔法少女になってから、薄々気づいてはいた。自分の中から、何か大切なものが失われていく感覚に。それは、心の臓のもっと奥底が、少しずつ削られていくような感覚だった。
「ありがとね。教えてくれて」
「さやかちゃん……」彼女の涙は、雨を誘う。降り注ぐ数多の雫は、やがて浅い海をつくりあげていく。その中に、足がつかり、腰がつかり、少しずつ飲み込まれていく。
「大丈夫だよ。あたし、怖くないよ。ヒーローはさ、恐れなんか抱かないんだ。だから……、大丈夫」
 これは嘘だ。本当は怖くて怖くてたまらない。今にも、逃げ出してしまいたかった。
 だけど、彼女、まどかの前では、嘘でもいいから、笑っていたいと思ったのだ。それがあたしの役目なんだ。きっと。
「だから、笑いなよ。まどからしくないって。バカみたいに明るくって、優しいのだけが、とりえなんだから」
 身体が生みに飲み込まれる間際、あたしはそう言って、笑った。
 これは、ほんの砂粒のような、かすかな記憶。だけど、たくさんの砂の中の一粒の、砂金のように光る、大切な記憶……

   * * *

「あたし、もうじき消えちゃうんだね」
 夜も開けきらないくらい部屋の中、マスコットのようにたたずむキュウべえに訊く。
「どこで、その情報を得たのかはわからないけど、誤りでないことは確かだね」感情を一切排除した声で、彼は言った。「魔力の先天的欠如。魔力の常時放出。過去に例をみない症例だ。原因をきかれても困るよ」
「理由なんていらないよ。知ったところで、何が変わるってっていうのさ」
「怖くはないのかい」
 こいつは、心配なんかしたりしない。ただの興味できいてるだけだ。
「怖いよ。怖くてどうにかなっちゃいそう。だけど、あたしがやらなきゃだめなんだ」
 大切な人を守るため。見滝原を、あたしのいる場所を守るために。
「君が心を寄せている相手とは、もう会っていないみたいだけど」
「考えないようにしてるだけ。人はね、頭に何かしこりのようなものがあると、腕が鈍っちゃうんだよ」
 そんなのかっこ悪いじゃん。と、あたしは笑う。こうして、偽りで満ちた笑みを、親に、友人に振りまき続ける。
「孤高のヒーローってさ、憧れるじゃん」
 窓の外が少し明るくなる。あたしは、窓を少し開けてみる。
 初夏の朝の空気は、すこしだけ冷たい。だけど、その分とても澄んでいる。
 扉の向こうの部屋で、母さんが動く音が聞こえる。朝食の準備をはじめているのだ。
「たとえ忘れ去られるとしても、だからって、どうでもいい存在になんかならないんだよ」

 あいつ、佐倉杏子と出会う前、あたしはマミさんと共に、魔獣を狩っていた。
 マミさんの遠距離からの砲撃、そしてあたしの斬撃。はじめは、マミさんがあたしを補助するような役回りで、それなりの戦果をあげてきた。だけど、その立場は次第に逆転していった。
 ――いつも近くで戦ってばかりじゃ疲れるでしょう。
 ――たまには、後衛も勉強しないとね。
 はじめは、彼女の言葉に疑問を抱くこともなく、受け入れた。しかし、その真意は、あたしを少なからず傷つけた。
「もう、後衛のエキスパートね」
 マミさんは心からの笑みでそういった。
「嘘でしょ」
 言葉は口をついて出た。
「本当はあたしが役立たずだから、足を引っ張る魔法少女だからなんでしょ」
 彼女は知っているのだ。あたしが、長くないことを。戦い方を変えようと提案したのも、あの夢のあとのことだった。知らずの間に、力を抜いていたのかもしれない。
「何を……言ってるの」
 マミさんは、あたしと一緒にいたいんだ。それは、純粋な好意からかもしれない。でも、そんなことをされるなら、役立たずと言い捨てられたほうが、ましだ。
「もう、そんな割れ物を扱うようなこと、しなくていいよ。心配しなくても、あたしは一人でやっていける。だって、マミさんに認められたんだからね」
 嘘に対し、皮肉で答えた。
 マミさんは、引き止めなかった。ただうつむくだけで、真実を胸に押し隠し、明かすことはなかった。あたしはとっくに知ってるのに、彼女は最後まで自分のやり方で押し通そうとしているのだ。
「危なくなったら、私に連絡しなさい」
「そんな心配いらないよ」
 心なしか、彼女の目は悲しみの色を浮かべているように見えた。
「……そう。そうよね。あなたは強いのね。私とは違って。でも、すがりたくなったら、いつでも来ていいのよ。仲間じゃなくなっても、友達であることは、変わらないでしょ」
 そういって、あたしに鍵を手渡した。
「紅茶が飲みたくなったら、その鍵を使って」
「……ありがとう」
 マミさんと別れてからあたしは、ごめんね、と心の中で呟く。きっと、この鍵を使うことはない。頼ってはいけないのだ。あたしがいるせいで、マミさんが傷つくのを何度も見てきたのだ。あたしが、なるべく戦わないように、魔力を使わないように。
「でも、もうどうしようもないんだよ」
 呟き、ソウルジェムを取り出す。はじめは、鮮やかな蒼をたたえたソウルジェムが、今は黒い斑に侵食されている。小さくて、それでいて果てしなく濃い闇は、時がたっても薄れることはなかった。
「バカだよね、あたし。とんでもなくバカだ」
 こんな天邪鬼な言葉でしかお別れできない自分が、情けなかった。
 あたしは、袋小路に迷い込んだのだ。その先は奈落へと繋がっている。道は針の床で埋められていて、進めば進むほどに、心に傷を負う。胸の奥底まで焼きつくそうとする炎に苦しめられる。
 早く楽になりたかった。
 奈落でも、地獄でも、なんでもいい。今すぐにでも、この苦しみから逃れたかったのだ。
 こんな自暴自棄なヒーローなんて、いないよね。と、あたしは自分を嘲笑(わら)った。

 幸せだった。否、幸せすぎたんだ。今だったらよくわかる。家族がいて、友人もいて、飢えることもない、欲しいものが手に入るだけのお小遣いももらえてる。世界の半数か、それ以上がうらやむ生活だろう。
 それを、あたしは詰まらないと思った。思ってしまったのだ。何のとりえもない、ただ明るいだけで、確固たる意思も持たない。そんな自分が嫌だった。だから、キュウべえに願い、魔法少女になった。
 恭介の腕を治したいという願いは、決して偽りのものではない。自分で選んだ本物の願いだ。
 それしかなかったのだ。自分には、叶える価値のある大それた願いなど、存在しない。この怠惰な日常から救ってくれるのなら、なんでもよかったのだ。
 おろかなことこの上ない。
 この運命は、おそらくバカなあたしに対する神様の罰なんだ。

 あたしはがむしゃらに戦った。死にかけたことも何度もあった。それでも戦うことを辞めようとはしなかった。辞められなかったのだ。この剣を治めたそのとき、あたしは自分の存在価値を失う。何もない、ただのでくの棒になりはてて、塵のように消えていくのを待つだけ。
 恐怖を振り払うためには、戦うしかなかった。手に握る刀剣と、魔獣の動きだけに意識を払えば、そのほかはすべて無となる。
 それが、あたしの残り時間を奪っていくことになるとは、皮肉なものだ。
 弓使いの魔獣に殺されそうになったとき、あたしの心に浮かんだ言葉は、「やっと楽になれる」だった。あたしをつぶそうと伸びる手が、天使の導きにさえ思えた。
 救われるはずだった。生き地獄から開放されると信じきっていた。
 だけど、杏子が現れた。
 彼女はあたしを助けてしまった。地獄の道を延ばしてしまったのだ。
 杏子が悪魔にさえ思えた。刀剣の柄を握りつぶしてしまいそうなほどに、怒りがこみ上げた。自分で自分が律せられなくなっていた。
 そんな、心も身体もボロボロなあたしがかなうはずがなかった。
 一瞬で組み敷かれ、敗北を知るのも待たず杏子は言った。
 ――幸せを、そんな簡単に捨てんじゃねぇ!!
と。その言葉は、硬い槍のように真っ直ぐだった。彼女の戦い方も、強い眼光にも、迷いのカケラすら見出せなかった。
「あんたには、まだ時間があるから、そんなことがいえるんだよ」
 自室のベッドにあおむけのあたしは、ポツリと呟いた。しかし、心の奥では、杏子の言葉を正しいと感じている。胸の中に巣くうもやは、一層濃くなってしまった。
「あたしには……こうするしかないんだよ……」
 あたしは、杏子が嫌いだ。会って一日もたっていない。それでも、胸に湧き上がる思いは、黒く濁っていた。
「自分のためだって!? ふざけるな!! あたしは、あたしのために戦ったりはしない!」
 ……なのに、なんであんなに澄んだ目をしているんだよ。
「わけ……わかんないよ……」
 静かな部屋に、自分の声だけが、むなしく響いた。


     幕間

 空は心を真似るのがうまい。
 日の入りもまだなのに、雨降り注ぐ町は、夜が先回りしてやってきたかのように暗かった。
 足元は、深い水溜りのワンダーランド。歩くたびに、ローファーの底から、なまぬるい水が浸入してくる。最近多くなった、ゲリラ豪雨の中を、早乙女和子はとぼとぼと歩いていた。
 果たして何回目の敗北だろうか。数えて愕然とする。年の数と同じだったのだ。何の話かといえば、恋の話である。これだけの恋愛をすれば、良いところまでいったこともあるのでは、と思われるかもしれない。しかし、残念ながら、彼女はファーストキスさえ済ませていない。
 器量が悪いわけではない。性格も、多少の難ありと自覚してはいるが、及第点だろう。だが、一番の要因は、やはり和子にある。
 彼女の最初の想い人は女性だった。同級生で、親友の鹿目詢子に恋をしていたのだ。その気持ちに嘘はなかった。だが、結局想いは告げられないままに終わった。当時、まわりに同性愛について理解を示すものはいなかった。いじめられる。私の居場所がなくなる。そんな未来が、容易に想像できた。
 彼女に恋人ができたときは、涙が枯れるほどに泣いた。枯らしてしまわないと、詢子を祝福することなどできなかった。嫉妬で濁った笑みを、しかし彼女は喜んで受け取った。詢子は、今は結婚して、子供もいる。はじめての恋は、完全な敗北だった。それでも、彼女は今でも和子の親友だ。こうやって涙を流すたびになぐさめてくれる。
 今も、あのころの想いを引きずったまま、親友という鎖にしがみついているのだ。こんな気持ちで、本気の恋などできるはずがなかった。
 意味もなく歩いていたら、来たこともない公園までさまよっていた。雨宿りするのに十分なあずまやをみつけ、腰を落ち着かせることにする。
 雨は、留まる気配がない。だけど、心なしか、すこし穏やかになってきた。涙が、心をほんの少し癒してくれるように、雨も、自分の心を慰めてくれているように思えた。
 豪雨によって遮られていた視界も、次第に開けてきた。すると、公園の奥のほうに、綺麗な装飾を施した建物がちらと見えた。教会のようだ。しかし、遠目から見ても、もとの形を成していないことは明らかだった。
 和子は傘をさし、興味に従って少しだけ見てみることにした。
 ステンドグラスがむき出しとなった教会は、昔ヨーロッパに行ったときにみたものよりも、むしろ趣が感じられる。
 さらに近づいてみると、石段をのぼった先に、一人の少女の姿が見えた。一見、少年のようなラフな格好をしていたが、華奢な体躯と、髪をリボンでひとくくりしていた。
 こんなところで何をしているのだろう。祈ってるでもない。雨の中、ただ、呆然と崩れ果てた教会を見上げていた。
 と、彼女は、視線に気づき振り返る。一瞬肩がぴくりと震えたように見えた。石段を一足で飛び降りると、風が感じられるほどの速さで、和子の傍らを走り去っていく。
「あ、ちょっと待って……」
 呼び止める間もなかった。雨と木々の向こうに少女は消えてしまった。
 和子が教えてもおかしくない年頃の子だった。心なしか、その顔は何かにおびえているように見えた。
 雨の中を、傘もささず一人でいる少女に、和子はひとかけらの興味を抱いていた。
 もしかしたら、一人で泣いてる私を救ってくれた詢子も、こんな気持ちだったのかも。と、考えると、涙よりも先に、笑みが浮かんだ。


(続く)


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樹

似非店員:樹
百合と眼鏡が好きな人です。
日本語、和風なものも大好物。
掲載しているものは、主に百合もの、ファンタジー小説となっております。
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