雨宮骨董品店 カギリの時計

07 17, 2011 | Posted in 雨宮骨董品店 | Thema 小説・文学 » 自作小説

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 雨宮骨董品店の四弾目となります。前作と登場人物の面ですこしだけつながりがありますが、この話から読んでも大丈夫かと思います。字数は6000字ほど。内容はすこしSF風味となっております。
 どうでもいい話ですが、私は過去に行きたいですね。江戸時代の暮らしって憧れでして。


【あらすじ】
 この世があまりにも遅れていることを嘆く青年がいた。彼は未来にのみ行けるという道具の存在を知る。古びた骨董品店で首尾よく手に入れ、彼は時を渡るのだが……。副題『一方通行未来旅行』



雨宮骨董品店
~カギリの時計~


 この世界はなんと遅れていることか。青年ケインは憂えていた。今の世のままで余生を終えるなど御免。彼は常々、未来へ行きたいと願っていた。
 かつて読んだ未来を予測した書には、発展し、楽園とさえ呼べるような世界が描かれていた。人の心は育ち、殺人など起こらない。遠くの者と会話でき、移動など光の速さで行える。働くことさえ必要ないのだ。
 もちろん、そのような夢物語、実現しえぬやもしれない。とはいえ、今と比べれば天と地ほどの違いであることは疑いようがない。
 だが未来へと渡る術などあるのだろうか。未来に、過去へと遡る装置ができているのなら、この時代に現れ技術を教えてくれれば良いのに、と見もせぬ未来人に憤った。
 青年が諦めかけたとき、まさに渡りの舟。未来へ行く方法があるのだと、友人の伝で聞いた。
 それによると、未来にしか行けず、遡ることは叶わないとのこと。もともと戻る気などないと、すぐさま例の品のある骨董品点へとケインは飛び出した。友人は薄情な奴だな、と別れを惜しまぬ青年を苦笑しながら見送った。あまりにも非現実なことである。起こりえるはずがないと、鼻で笑っていた。
 彼の友人が、青年の姿を見たのはこれが最後であった。

     *

 西洋の一国に属すこの都市には、数百年来つづく石造りの街が広がっている。当初は木造が主だったのだが、大火を恐れ次第に姿を消していった。
 しかし、この街に一軒だけ木造家屋が存在する。そこは町外れのさびれた小さな路地に面していた。万国から集めたいわく付きの物を扱う骨董品店である。看板には『雨宮骨董品店』と異国の字で書かれている。
 かつての名残というわけではない。造りも分からぬ、字も読めぬ。この地の者が興味を抱くことはあれど、気味悪がり近寄らないのが常であった。店の価値を知るもの以外は……。
「ここは店だったのか」
 ケインは、目的の骨董品店の看板を睨むように見上げる。そして、異界の扉を開ける心持で、立て付けの悪い板戸を開けた。
「おや、いい男が来なすった」
 顔を覗かせると同時に、帳場の奥で本を読みふけっている、店主であろう女が言った。言った言葉に反して、目はこちらを向いていなかった。
 彼女は赤茶けた色の縁の眼鏡をかけていた。歳は青年の姉ほどか。この国の者ではないようだ。言葉は通じるようだが。
「ありがとう」
 本から眼を離さず褒めた店主に、ケインは苦笑した。
「いらっしゃいませ」
 遅れて棚から小柄な少女が顔を出した。なぜか女中の着るような服装をしている。制服であろうか。彼女は店主の娘? と青年が心の中で詮索していると、
「人の年齢を推察するとは、無作法な男だねぇ」
 と、口に出してもいないのに、店主は思考を言い当てた。
「な、何も言っておりませんが」
 ケインは下手に出る。機嫌を損ねてはいけない。少なくとも、未来へ行けるという品の有無を確かめるまでは――
「あるよ」
「えっ?」
「あるって言ってるんだよ。未来へ行く道具だろう」
 先から、どうして自分の言ってることがわかるんだ。ケインは眉根を寄せた。
「くくく」
 女はからかうような笑みを浮かべる。
「せっかくのお客さんなのですから、からかわないでください」といったのは、もう一人の店員であろう少女であった。「すみませんね。さっきから鈴音さんが読んでたのは心を読む本で……。あ、そういえば申し遅れました。私はサラっていいます。こちらが」
「もう名前言っただろう。まあいい、あたしは鈴音だ。あんたはなんていう?」
「ケインです」
 彼は愛嬌の欠片も見せず名乗った。名前などどうでもよいことだ。
 彼は噂には半信半疑であった。非現実的との理解は薄いながらもあった。だが、いま目の前で非現実の実演がなされた。それは、彼にとっては、未来へと渡る舟を見つけたも同義。
「お願いです、僕、未来へと行きたいんです。お金なら有ります」
 青年は帳場に乗り出し、よくまあこんな早口が言えるものだ、と誰もが呆れそうな口調で迫った。
「そんなに近づかなくても聞こえているよ」
 鈴音はひるむでもなく、つまらなそうに言った。
「あるんですよね。未来に行けるんですよね!」
 楽園のような世界。彼の頭の中に浮かんでいたのはそれだけで、店主が急速に興味をなくしていくことには意も留めなかった。
「なんのために行くんだい」
「なんでって、決まってるじゃないですか。今より悪い世界なんて有りませんよ。未来は快適で、……そうだ! 働くことすら必要ないんでしょうね」
 鈴音は深い溜息をついた。
 サラは逃げるようにそそくさと棚の奥に消え、掃除の続きをはじめた。
「はじめからそれ目当てってことは、未来にしかいけないことは判ってるだろうね」
「なんで過去に戻る必要があるんですか」
 ケインは平然と答えた。鈴音は「そうかい」と呟くと本を置く。帳場の台の下から何かを取り出す。台の上に置いたそれは、古びた懐中時計であった。
「行った先で路銀に困ると悪いだろう。財布の中から半分だけもらおうかね」
 青年は惜しみなく、言われた額を鈴音に渡した。
「その時計は『カギリの時計』という。文字通り、三回限りしか使えないから気をつけな。あと、三回目は壊れてしまってるから、実質二回ってことになるか。
 時っていうのは波のようなものでね。それにつられて、世界も悪くなったりよくなったりする。だけど、時の箍(たが)が外れてしまうと、良し悪しも固定化されてしまって……」
 彼の視線は時計に釘付けになっていた。話を聞く耳を持たない彼に、これ以上説明する通りはないと、鈴音は口を閉じた。
「ありがとう。これで俺は救われるんだ! このつまらない現実から」
 やっと長ったらしい説明が終わったとみると、彼は奪うように時計を手にする。口笛を吹き、小躍りしながら店を飛び出していった。
「行っちゃいましたね」
 ケインの姿が消えた後、サラがひょっこりと棚から姿を見せる。
「ああ、行ったねぇ」
 鈴音は先とは違う本をとり、頁をめくっていた。
「……ちゃんと説明聞いてたんでしょうか」
「さあね」
 店主は「ふふ」と小さく笑うと、
「確実に言えることは、この街から馬鹿が一人消えるってことだ」

 街道に、独り言を呟きながら歩く青年がいた。敬虔(けいけん)で紳士である彼、ケインは町の人より慕われていた。
「やっとこんな貧しい街から抜け出せる。いけすかないやつらにいい顔をしてやることもない。くく、くひゃひゃひゃ」
 彼は街中で、わざと人に聞こえる声で言った。
 人が変わってしまった青年を眼にした町の人々は、彼に対する態度を百八十度改めた。彼らの目は、軽蔑のそれに変わっていた。
「さあ、どこに行こう。すくなくとも百年以上はあとにしないとな。この街の奴らが全員死んだあとの方が良い。では、三百年後くらいにしよう」
 ケインは時計を三時間だけ進ませた。
「では愚かな諸君。君達は汗水たらして働いて死ぬが良い」
 言い残すと、彼は消えてしまった。文字通り、街の中で彼一人だけが、一瞬にして存在を消したのだ。
 街の人々は夢でも見ているような心地だった。事実、彼らはケインの存在を夢と扱った。

     *

 彼は三百年後の街に立っていた。だが、それといって街並みが変わっている様子はない。違うことといえば、そう、人の気配がないことだ。街にはケインしかいなかったのである。
 彼は街を放浪する。と、彼は誰かの視線を感じた。その方向にあった家を向くと、さっと窓掛けを閉めるのが見えた。どうやら、人々は家に隠れているらしい。
 やがて街の端より怒号があがった。ドンドンと、鼓を鳴らすような音が聞こえる。
「そうか、今日は祭なのか。新しくできたのだろう。なんの祭かな」
 青年は音のした方へと向かっていった。すると、何かが彼の頬をかすめ、通り過ぎていった。頬に鋭い痛みが走った。触れると手が赤く染まった。
「あはは、随分と激しい祭だなあ」
 口では笑いながらも、顔は笑ってなかった。すぐさま彼は、よろめきながら路地裏へと逃げ込んだ。
「今そこに人がいたぞ! 敵の兵かもしれん。女子供であったら生かして捕らえろ。男だったら殺せ!」
 青年の顔色は蒼白と変わっていた。彼は懐中時計の針を戻そうとする。しかし動かない。
「そうだった。未来にしか……」
 怒号が近づく。死を運ぶ足音が大きくなる。
 ケインは急いで短針を百年後まで進めた。
 彼が消えたところを銃弾が横切っていった。

     *

 ケインが次に訪れた時代では、どうやら戦争は終わっているようだった。一安心し街道を横切ろうとすると、ふいに前を何かが光速で横切った。鉄の箱のようなものが、目に留まらぬ速さで走っているのである。
 箱の前の方には人が乗っていた。
「そうか、あれで移動するのか」
 何をいまさら、と哀れみの視線で見る街の人々を尻目に、ケインは感嘆の溜息をもらした。きっとここでは働く必要などないに等しいのだろう。全て自動でやってくれるに違いない。
 彼はこれからはじまる極楽の日々に胸を躍らせた。だが、街を歩いていると、どうも様子がおかしいことに気づく。店には人がおり接待している。高級そうな衣服を着て、急ぎ足で歩く人々は、どう見ても暇をもてあましているようには見えない。
「おい、君!」
 突如、肩に手をかけられ、青年は百年前の恐怖を思い出し震えた。操り人形のようにぎこちない動作で振り返る。彼に声をかけたのは、この時代の警官であった。腰には拳銃が備えられている。男の身体は鍛えぬかれ、筋骨隆々としていた。
「な、なんですか。ぼぼ、僕がなにかしましたか」
「落ち着きなさい。君、名前は?」
「ケイン……です」
「そうか。ケイン君、君は学校には通っているのかな」
 ケインは首を振り否定した。
「過去から来たばかりなので」
「はぁ? 馬鹿なことを言うんじゃない。君、家族はいるのかね」
 過去の時代にはいたけど、と言おうとしたが、警官の鋭い視線におののき、否定するだけに留めた。
「そうかそうか。過去の人だからな」
「ええ、そうですよ。昔はいたのですけどね。今はもういませんよ」
「なるほど。君、殺人容疑で取調べを受けるか、精神病院に入るかどちらか選びなさい」
 そこまで言われ、彼は誘導尋問されていたことに気づく。
「それは……」
 答えに窮するケインを、警官はさらに険しい顔で睨む。
 でもまさか。未来では人の心も育ってるに違いないのに。人は皆天使のような善人になっているはずなのに。
 だが、現実にこの時代には警官がいる。そして、彼は疑いの目で自分を見ている。
 ケインは逃げ出した。それは駿馬のごとくすばやく、またネズミがごとき機敏さで。危機に瀕した人の出せる力には、青年自身が驚いた。
 振り返ってみたが、警官の姿は見えない。どうやら逃げおおせたらしい。
 次の時代に行くことには、もはやなんの迷いもなかった。
「しかし、まずは腹ごしらえしなければ」
 近くにあった料理店に入る。席に通され品を見るのだが、書かれている値段に彼は戸惑う。見たこともない記号で値段が記されていたのだ。
「あの」彼は近くにいる店員を呼ぶ。「このお金で足りますでしょうか」
 持っていた硬貨を見せる。すると、店員は即座に青年の手を握り、席を立たせた。
「金がないなら帰れ!!」
 店外へと青年は追い出された。彼はしばらく呆然としていた。そして、突如笑い出した。狂ったように盛大に笑った。まわりの人々がぎょっとするのもお構い無しに。
「きっと、次の時代では。そうだよ。中途半端な未来にしちゃったからこうなったんだ。ふふふ、ふはははは。いっそのこと千年くらい先にしてしまえ!」
 彼は懐中時計の針を勢いよくまわした。

     *

 彼は千年先の未来へ辿り着いた。しかしそこに、彼の望んだ世界はなかった。人は既に一人として存在していなかったのだ。
 街があった場所は、鬱蒼とした森と化していた。季節は夏だろうか。しかし、焼け付くような、うだるような暑さは、いままで経験したことがないほど。
 過去の街の名残が、かろうじて残されていた。だが、木々の根や枝葉、蔓(つる)に侵食され、かつての栄華は欠片もなかった。
 言葉もなかった。何が起きたのか納得できぬままに、ケインは密林をふらふらとおぼつかない足取りで歩く。
 かろうじて原型を留めている家があった。彼は主のない家にお邪魔する。何があったかを知るために。
 本棚にあったはずの本は、時代の経過と共に劣化したのか、読める状態になかった。
 ケインは家を泥棒にでもなった気分で歩き回る。これだけ未来に来たのだ。どこかに書籍をを保存するための部屋があってもおかしくないはず。
 目論見は当たる。地下へと続く扉を見つけたのだ。
 地下室は外の熱気が嘘のように涼しかった。壁にかけられた機械から冷風が吹いていたのだ。
 本棚には書籍らしいものはない。代わりに、過去の新聞紙をまとめた切り抜き帳があった。
 彼は迷いなく手にとると、むさぼるように紙束をめくっていった。
「富裕層の娯楽は宇宙旅行か。そこまで技術が進んでいたとは。ロボットが仕事を肩代わり。やはりそんな時代があったのか」
 青年は、もう少し前の時間に遡ればと後悔する。だが、彼の持つ懐中時計は未来にしか行くことができないのだ。諦めるしかなかろう。
「平均寿命は百歳を超えた……。そんな。人口がが千億を超えただって……!」
 そこに書かれていたことは、ケインのいた時代には考えられぬことばかりであった。
 記事はそこから様子が変わっていく。
「森林面積が、二千年比一パーセント……。地下資源の完全枯渇……」
 彼の故郷である国は、熱帯となっていた。これだけ暑いのは無理もない。
 記事の束は百年ほど前で途切れていた。最後の方の記事は、終末を予見させるもので埋め尽くされていた。
 ――富める人はこぞって地球を捨てた。……第二の地球を目指したが音沙汰はなし。……資源を巡って第五次世界大戦勃発。……
「はは、ふははは。ひははははははっははは」
 ケインは狂ったように笑った。笑うしかなかった。
「馬鹿だなぁ。宇宙にいけるだけの技術があるのなら、どうにでもできただろうに。だけどまあ、きっといつかここが名残惜しくて帰ってくるだろうし。そうかな、千年くらい先には元通りになっているさ」
 彼は懐中時計の時間を進める。
「さらばだ、崩壊した世界。ここにはもう興味がない。……………………あれっ?」
 どれだけたっても、時が進むことはなかった。
「あっ!」
 青年は時計を手に入れた店主の言葉を思い出す。
「使えるのは……三回きり……」
 彼がこの先どうなったかは、語るまでもないだろう。


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