旅のカケラ 東の魔女

07 08, 2011 | Posted in 旅のカケラ | Thema 小説・文学 » 自作小説

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 旅のカケラ11話目となります。時間軸としましてはすこし、というかかなり過去のお話です。これまで度々名前がでておりました魔女についてのお話となります。
 すこし間を開きつつ執筆したため、個人的に納得してない部分も多々あるのですが、お楽しみいただければ幸いです。
 ちなみに字数は6000字ほどとなっております。



旅のカケラ
~東の魔女~


 西へとつづく街道を、大きな荷物を背負った少女が歩いていた。人の姿はまばらである。
 乱世が治まり、時代は平安の入口。しかし子供一人で見知らぬ街を歩けば、人の理を失った者にさらわれるか、襲われるかするのが常。であるのだが、誰一人として、小さな旅人にそのような暴挙を行おうとする者はいなかった。気をとめる者すらいなかった。むしろ、すすんで避ける様子であった。せいぜい、食事の折に足を止めた店の店主が、素っ気なく対応するくらいだ。
 少女の面には表情がなかった。虚のような瞳からは、感情の欠片も見出すことができない。
 当然、彼女と同行するものは現れなかった。同時に、彼女を襲う危険も存在しなかった。
 西の空が薄い紅に染まろうというとき、旅人は訪れた街にある宿場の戸を開いた。代金を払う余裕もある。多くはスリで得た金であるが。宿の主にはお遣いだと言い添えた。別段断りをいれなくとも、彼に詮索する気はないようだったが。
 時刻も暮れ。少女は食堂に通された。粥と焼き魚にお浸しという、豪華とは言いがたい夕飯だ。払った料金で差がでるのだから仕様がない。
 食事の席で、少女は妙な噂を耳に挟んだ。近くの席で、二人の男が小さな声で会話をしていたのが、彼女の耳に入ったのである。
「知ってるか」
「なんだ。もったいぶらないで言えや」
「出るんだよ」
「なにが」
「魔女だよ。ほら、西の果てに出島があるだろ。あの、蘭(ラン)って国から来た商人が言ってたのさ。魔法を使う女がいるって」
「その魔法ってのは、いったいなんだね」
「なんでも、不思議な力って話さ。手を使わないで物を動かしたり、燃やしたり」
「そんなの法螺話に決まっとろうが」
「見たんだよ。本当だ。昨日の夜にさ、厠に行こう外に出たら、森の方で白い光が灯ってさ。よく見るといたんだよ。女が。松明じゃなかった」
「じゃあ、幽霊かなんかだろうて」
「ぜってえ魔女だ」
 最後の方は、遠くの席でも聞こえるくらいの大声であった。
 しばらく口論したあと、二人の客は席を立った。姿が見えなくなっても、しばらく怒鳴りあう声が響いてきた。
「とんだ営業妨害だよ」
 近くにいた料理人のおばさんが、聞き咎めたのか、呆れ顔で呟いた。
「あの、さっき彼らが話していたのは」
 彼らの声が聞こえなくなると、少女はおばさんに尋ねた。彼女は怪訝そうな視線でそちらを一瞥する。
「あんな得体も知れない噂を信じようっていうのかい?」
 少女はそれ以上訊くことはなかった、噂をしていた客以上の情報は得られそうになかった。

 翌日、少女は時間をかけて軽い朝食をつついた。しかし、
「あの二人組みはとっくに出てったよ」
 とおばさんが言うと、少女はさっさと残りをたいらげて店を出て行った。
 空は昨日とはうって変わっての曇天。移り気の早いこの季節の空気は、これから訪れる梅雨の気配を内包している。
 少女は急ぐ。西の外国船が渡航する港へ行くには川を越える必要がある。増水したらたちまち暴れ川となり、しばらく通行ができなくなると、町のあちらこちらで嘆く声が聞こえたのだ。
 北の山の空が、墨汁を溜め込んだように暗かった。
 まだ雨は降り始めていない。少女はさらに歩を早める。
 山は霧で覆われかすんでいた。しかし彼女は森の木々にはばまれ気づくことはなかった。
 あの橋を渡れば……。
 百尺はあろう木の橋に足をかけたとき、川上から濁流が押し寄せてきた。うなるような声をあげ。水の壁は橋を飲み込んだ。踵を返す間もなかった。少女もまた、その荒れ狂う泥水の大群に抗うことはできなかった。
 と、そのとき、森で眩い光が灯った。花火が間近で炸裂したような閃光を見たのを最後に、彼女は意識を手放した。

 川のほとりに一軒の小屋がある。あたりには、他に建物はない。暴れ川に飲まれると知りながら、建てる愚か者などおらなんだから。
 しかし、この人ひとり住むのも窮屈そうな小屋だけは、川に飲まれることもなければ、傷つくことも、腐食することもなく健在していた。故に周囲の住民からは幽霊が住んでるのではないかと恐れられている。
 いまだ川の水は引いていない。溢れかえった水は泥水の海をつくっていた。その中に小屋はあった。にも関わらず、小屋は濁流に飲まれることはなかった。川が小屋だけを避け、そこだけが見えない壁に覆われたようになっていたのである。
 少女は小屋の中で寝かされていた。助からぬものと疑わなかった彼女は、眼を覚ますと、夢心地で小さな木造屋を眺めた。造りは小さいが上質な檜(ひのき)が建材として使われており、芳しい匂いが少女の鼻孔をくすぐる。
「あらあら、お目覚めのようね」
 木の戸が開き一人の女が顔を覗かせていた。歳は壮年といったところか。艶のある肌から二十くらいに間違われてもおかしくはない。なにより少女が驚いたのは、その服装である。葬儀にでも行くみたいな漆黒の着物は、どう見てもこの国のものではない。ツバのついた三角帽は夜の色をたたえている。そこから覗く瞳には、深い青を宿らせていた。手には薬草を山と積んだ籠を携えている。
「あの……助けてもらいありがとうございます。あなたは――」少女は少しの間逡巡し、尋ねる。「魔女でしょうか」
 女の姿は、噂にあった得たいの知れないものの印象と符合していた。
「そうよ」
 魔女は頬を緩め笑みを浮かべた。戸を閉めると籠を下ろし、彼女も椅子に腰を降ろした。今までそこに椅子などあったかと、少女は訝ったが、気のせいだろうと、口に出して問うことはなかった。
「あなたの名前を教えて。私はミランダ。ミラと呼んでもらって構わないわ」
「……センリ」
「センリ。良い名ね」
 彼女は抑揚のある独特な喋り方をした。しかし、言葉は通じた。
「あなた、魔法って知ってるかしら」
「まほう……?」
「そう。まあ、簡単に言えば不思議な力ってことね。あなたを助けられたのも、こうして話が出来るのもこの力のおかげ」
「さっき椅子を出したのも」
「魔法よ。といっても何もない場所からものを造るなんてできないから、そこらへんに転がってる流木を持ってきて造っただけ」
「あの一瞬で?」
「そうよぉ。ここまでやるのに苦労したんだから」
 ミランダは子供のように微笑んだ。
「なんで、私なんかを……」
「あなたを助けたかったから助けた。ただそれだけよ」
 彼女の語り方は、まるでセンリの表情を読んでいるかのようだった。微笑むことも、涙ぐむことも、僅かな表情の変化さえも見せない少女に対し、彼女は普通の人間と相対するように振舞った。
「悪魔の子分とでも思った?」
「……いえ」
 少女は首を振った。魔女はしばらくセンリの黒い瞳をじっと見つめ、「そう」と呟いた。
「しばらくゆっくりしなさいな。話はそれから」
 彼女は言うと、小屋の外に消えた。

 魔女が帰ってくるまでのあいだ、センリは小屋の中をしげしげと眺めていた。だが、見るものと言ったら、うずたかく積まれた薬草の山と、ミランダが座っていた椅子だけ。他には家具の一つさえ見当たらなかった。センリも、布団のない地面に寝ていたのだ。それでも、不思議と少女に疲れはなかった。
 さきからザァと滝が落ちるかのような音が聞こえる。安静するように言われていたが、気になり、少女は小屋の扉を空ける。
 眼の前に広がるは水の壁。しかし驚きを浮かべるでもなく、虚ろな眼で見つめる。
「あの中に飲まれれば――」
「そんなことしては駄目よ」
 魔女の声がセンリの言葉を遮る。声は頭上から聞こえた。センリが見上げると、ミランダが藁箒(わらぼうき)にまたがり浮遊していた。箒の端には木の実や山菜を積み上げた手提げの籠がくくりつけられている。
「……おかえりなさい」
 少女はそっ気なく言った。
「ただいま」
 軽く笑むとミランダは箒を下降させた。
 
 二人は籠一杯に積まれた山の恵みを口に運ぶ。
 ミランダが頬を緩め「おいしいわね」と呟いた。対してセンリは、口に鍵がかかっているのかのごとく無言であった。魔女はそのことを咎めるでもなく、食事を楽しんだ。
 軽い食事を終えると、魔女はまだ半分ほど残っている山菜の籠に手を触れる。すると籠は淡い蛍のような光を放ったかと思うと、消えてしまった。
 次いで、ミランダは指を鳴らす。パチンという乾いた音を合図に、今度はすり鉢が現れた。
 隣にあった薬草をおもむろにすり鉢の中に入れると、懐から出したすり棒で葉を粉末にしていく。
 作業をしながらミランダはセンリに話しかける。
「あなたはなんで旅をしているのかしら」
 今まで誰も訊かなかったことであった。
「おかしいですか」
 旅人は素っ気なく問い返す。ミランダはまた人の良い笑みを浮かべると、
「ええ、おかしいわ」
 と言った。
 するとふいに彼女は手を休める。センリの元に近寄ると、衣に手をかける。少女がそれに気づく間もなく、衣をはだけさせられた。刹那のこと。抗う隙もなかった。魔女は胸元を開きちらと脇の下を見やる。そこには大きなほくろのようなものがあった。それを確認すると、ミランダはセンリを解放した。
「もう一度訊くわ。あなたはなんで旅をしているの?」
 魔女は平然と薬草をすりつぶす作業を再開する。時折、懐から小瓶を取り出しては、鮮やかな色のついた液体を混ぜていく。
「…………悪魔を探しているんです」
 センリの答えに、ミランダは特に驚くことなく次の問いを重ねる。
「何のために?」
 これにはセンリは答えなかった。
「死に行くため。いえ、それならさっきのように川にでも飲まれればすむ話ね。……違うわね。あなたは……」
 ミランダは言葉を切った。
「たしかに死に場所を求めているのかもしれません。崖から飛び降りたり、火事の家に飛び込んだりしても無駄でしたから」
「苦しくはないの?」
「忘れましたから。そう感じることを」
「そうよね。……あなたが言っているのは西の大陸に現れた悪魔のことだと思うわ。でもなんで、こんな東の国に……」
 つづけて彼女が問うことはなかった。代わりに、独り言のように、すり鉢を眺めながら語る。
「私はね、西の国から旅をしてきたの。逃げたって言ったほうが正しいかしら。向こうでは魔女を弾圧する風習があってね。魔女狩りといって……それでも私たちはなんとか細々と暮らしていたわ。森の奥でね。私たちは隠れるのが上手だったから、火あぶりにされるのは、異教徒か痴呆の人くらいのものだった。でも、あの悪魔が現れてから、魔女の仕業だって噂が広がって、活動が活発になったの。魔女の中にも、犠牲になるものがとうとう現れたわ。私たちは故郷を離れることを決めた。みんな散り散りになってね」
 センリは口を挟むことなく、人形のようにして聞いていた。
「さて、つまらない話はこれでおしまい。できたわよ」
「何の薬なんですか」
 粉末状の薬を薬包紙に包むミランダに、センリは尋ねる。なぜか、その工程のみは東独特のものだった。
「あなたは今、深刻な病にかかっているのよ。わかる?」
 少女はふるふると首を振り否定する。ミランダは小さく溜息をつくと、「そう」と呟いた。
「せんり。あなたは西の悪魔と逢った。その中で生き残った理由は一つしかない。戯れよ。どれほどのことをしたのかすぐに想像がつくわ。……心を閉ざしてしまうほどだものね」
 最後の粉薬を包み終えると、彼女は竹でできた水筒を取り出した。包みとともにセンリに差し出す。
 センリは一瞬躊躇した。しかし、逃げ出せないことを悟ったのか、恐れるよなゆっくりとした所作で受け取る。
「悪魔の呪いは、私でも払うことはできないわ。それはあくまでも応急処置。さあ、怖がりなさんな」
 しばらく迷った末、センリは勢いよく粉薬を口に入れた。直後襲うとてつもない苦味に顔をしかめる。水筒を口につけ水を流し込んだ。
 魔女は頬杖をついて、微笑を浮かべながらそれを見つめていた。
「大丈夫?」
「はい……あれ」
 薬を飲み終えた少女の眼からは、涙があふれていた。
「なんで? 止まらない」
 泉から水が湧き出るように、大粒の水の粒が頬を伝い、落ちる。ポツポツと木の床を叩いて濡らした。
「それは今まで流してきたはずの涙よ。心配しないで。一時的なものだから」
 ミランダは、小さな旅人の頭にそっと触れた。割れ物を扱うように優しくなでる。しばらくそうしていると、センリは突然、倒れこむ。慌ててミランダが支えてやる。少女は心地よさげに寝息をたてていた。
「あらあら」
 硬くまぶたを閉じ寝入ったセンリに向かい、魔女は何かぶつぶつと唱えた。すると、センリの額に乗せられた手から、淡い翡翠色の光が放たれる。
「あなたは、これから西の果ての港から海を渡るわ。そして、そう……、案内人の導きをうけ、運び屋の彼女と出会うのね。でも、ああ……」
 いつの間にか、ミランダの目からも熱いものがこみ上げてくる。
「いくつもの出会いと別れの果てにあなたはたどり着くわ。でも、その先は真っ暗で見えない……」
 ミランダはまるで母親のように、慈愛に満ちたまなざしで少女を見つめた。
 と、センリはかすれた声で寝言を呟いた。
「おとっつぁん……おっかさん……」
 小さな旅人は、閉じた瞼からも絶えず涙を流し続けた。

 センリが眼を覚ましたとき、魔女の姿は既に消えていた。
「夢?」
 小屋だけ避ける濁流。箒で空を飛ぶ魔女。あまりにも非現実的な記憶だった。しかし、夢としたら、この小屋にいる謂(いわ)れはあるのか。常ならば海に流されてしまっていただろうに。それに、傍らに置かれている果物や山菜の入れられた籠が、ここに魔女がいたことを語っている。
 しばらく待ったが、再びミランダが戻ることはなかった。仕方なくセンリは小屋を出た。
 水は引いていた。川は穏やかなせせらぎの音を奏でている。
 センリは荷を担ぎ、旅を再開することとした。
「やっぱり夢じゃない」
 これまでセンリは、がむしゃらに西を目指していた。西の果てに港があるとは知っていたが、どの街道がそこに繋がるかは分からなかったし、道行く人に尋ねても、「子供は家に帰りな」とあしらわれるだけだった。それが今は、どの道をたどれば港につくか、手に取るようにわかった。魔女が眠るセンリに暗示をかけていたのだ。
 無表情な小さな旅人が街道を歩く。すれ違う人々は奇妙な顔で少女を見る。
「おい嬢ちゃん。どこに行くんだい」
 気さくなおじさんが尋ねるのに、
「西へ行くんです」
 と小さな旅人は答える。
「西ってぇと、出島かい」
「いいえ、それよりもっと西へです」
 淡々と答える少女に彼は眼を丸くした。
 おかしな旅人に関わろうという酔狂な輩は、やはり今日もおらなんだ。



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