少女百景 麗し幻葬花

06 18, 2011 | Posted in 少女百景 | Thema 小説・文学 » 自作小説

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 試験やらなんやらで途切れ途切れに書いたため、リハビリとしての一作となります。
 似非大正ロマンの四作目となりますが、前作とのつながりはありません。
 字数は7000字足らずです。このシリーズとしては長い部類に入るかと。すみません、短めにまとめるつもりがつい長くなってしまいました。


【あらすじ】
 寡黙で友人のいない優子。そんな彼女が華族のご令嬢、学園の憧れの的として名高い佳枝さまと出会ったのは幻の一輪の花園。やがて散り行く定めと知りながら過ごす、ほんの一年足らずの日々。



~麗し幻葬花~

 散った花弁はどこへいくのでしょう。風にあおられ、飛んでいった彼女らは、自由を得て、地面に眠るまでのわずかな間、最後の舞を披露して……。
 嗚呼、麗しき一輪の花園の君。この世に生を受け、華々しく謳歌すべき一生を、あっという間に駆け抜けてしまわれた。
 いまだに、私は彼女の幻を白昼夢の中に見出します。炊事、洗濯と、居ぬ母の代わりに家事をこなす合間も、女学校にて英語の例文を反芻してるときだって、頭から彼女のことが離れることはありません。
 忘れようはずがない。それはあまりにも短い刹那のごとき日々でした。ですが、これから歩むであろう路の上、見出す幾多もの幸せも、彼女と私の幸ありき時を凌駕し得ぬことは、疑いようがございません。

     *

 初めて彼女と出会ったのは、高等部に入って一月が経ち、桜散り、深緑が鮮やかな折でした。
 かねがね、噂にて聞き及んでおりました。
 佳枝さま……彼女の名です。
 生徒会に、当然のごとく所属し、才色兼備を絵に描いたようなお方でした。同じ年ながら、組も離れ、倶楽部も異なる佳枝さまとは、付き合う機会など、数えるほどもありませんでした。
 そんな彼女と出会えたのは、偶然の織り成す業でありましょうか。
 書道部の活動が長引き、空が燃ゆる時刻となった放課後のこと。やがて夜に飲まれるであろう、美しき絵画のごとき空を眺めながら、独り寂しく、寮へと連なる石畳に靴音を響かせておりました。寡黙ゆえに、私は友を持ち得なかったのです。
 夕陽に照らされた、花既に散りし桜並木。寮へと参拝にいくかのごとく、並び立ちたる木々の合間に、ふと人の姿を認めました。
 背は低く、長く伸びるは艶やかな黒髪、そして後ろ姿からも感じられる貴族の令嬢の風格。見紛うはずがありません。
「あの、もしかして佳枝さまでは」
 同級生でも、さまをつけてお呼びするのが、我が級の慣わしでした。それほどに、級の皆様から慕われ、彼女を守る一団が存在するほど。
 佳枝さまは、沈鬱な面持ちで地面を見つめておられました。つい先だって、雑草の刈り取りが行われた場所でした。
「佳枝さま?」
 私に気づく様子がないので、すこし歩み寄り、また尋ねました。
 ようやく認められたのか、佳枝さまは驚いたように振り返り、すぐに魅惑的な、あらゆる生徒を虜にしてしまう微笑みを披露しました。
「あら、優子さん。ごきげんよう」
「ご……ごきげんよう」
 なるほど、誰彼なしに慕われるわけです。聖母がごとき微笑に、心の蔵がつままれる心地がしました。私のような……映えなき、幾多の雑草のひとつのような私の名を覚えて下さるなんて。おそらくは、校内全ての名をご存知なのでありましょう。ですが、些かの感動を覚えたことに、何の咎めがあるのでしょうか。
 決して適うまい。容姿も、性格も、おつむの良さもなにもかも。だけれど、この方と仲良くなれたらな、と思うたのです。
 玉に瑕(きず)ひとつ見せぬ、完璧なお方。遠目から眺める佳枝さまに、しかしあのような表情を垣間見たことはありませんでした。よもや見間違いということは。いえ、あのどこか憂いを帯びた表情は、確(しか)と脳裏に刻まれております。
 再度、佳枝さまは視線を地へと転じました。草花なく、どこか物寂しい土が覗いているのみでした。
 しばしの間、私たちは喋ることを忘れておりました。佳枝さまが何を憂えているのかわかりません。ですが、今は訊くときではない。そう、直感したのです。
「ここにはね」
 と、佳枝さまは重そうな口を開きます。
「花が咲いていたの。小さな花が、一輪だけね」
 それが、除草の際に、共に刈られてしまったのでしょう。
「どんな、花だったのですか」
「…………私もいずれ、この花のように」
 問いには答えず、かろうじて聞き取れる声で佳枝さまは言いました。
 麗しき御顔にツゥと一筋、小川が流れました。木漏れ日に、光って見えた一粒は、流れ星のごとく頬から地面に吸い込まれていきました。
 溢れて止まぬ泉を、佳枝さまは袂で覆い隠します。地に膝をつき、家族の前以外であげたことはないであろう嗚咽を漏らしました。私はそのあえかな姿に、かける言葉が見つかりませんでした。否、かけてよい言葉など有り得るはずがございません。
 儚き花の散るがごとく……。口で語らずとも、それが佳枝さまの命にかかる喩えだと、私には分かりました。
 言い得ない衝動に駆られ、私は彼女の背にそっと手を回し、軽く抱くようにしました。見たこと無き花に適うかは分かりません。ですが、佳枝さまを、独り捨て置くことなど、出来ようはずがございません。
 常には毅然に振る舞い、大人の風格漂う彼女も、このときばかりは子供のように弱弱しく泣き続けました。

 いつの間にやら日は沈んでおりました。もはや夕とも呼べぬほど暗くなるまで、佳枝さまが泣き止むことはありませんでした。
 ようやく落ち着いたと見え、背から腕を解くと、不意に佳枝さまは立ち上がりました。私の手をぎゅっと握って、こうおっしゃったのです。「独りにしないで」と。
 彼女の手はとても柔らかく、嘘のように暖かく、触れているのが夢であるのではと疑ってしまうほどでした。そんな折に、こう続けられるのですから、たまったものではございません。
「私、あなたと友達になりたいの」
 決して裕福とは言えぬ家庭に育ち、かろうじて学費を賄い通う私と佳枝さまがつりあうはずがありません。ご冗談を、とすぐに返そうと思うたのですが、彼女の注ぐ視線は的を射るように鋭く真剣そのもの。私は口から出ようとしていた言葉を引っ込めました。
「私のようなものでよいのですか」
 佳枝さまは、返事代わりに堅く手を握り、「ありがとう」と呟きました。
 夜は音がよく響くものです。寮へと戻る道すがら、英国式の真新しい木造建築からあがるは騒々しい喧騒。
 何事かと耳をそばだてると、節々に佳枝さまを呼ぶ声が混じっているのがわかります。
「とんだご心配をかけてしまったようね」
 いつもの調子で佳枝さまは微笑みました。悠々と、手を握ったまま私を寮の門へと誘って行きます。あれっ。このままでは……
「佳枝さま。恥ずかしいです」
「友達、なのでしょう」
「そうですが」
 すっかり気を取り直した佳枝さまにあきれながらも、私は彼女のなすがままに従いました。

     *

 かの日より、佳枝さまと過ごす時間は自然と増えていきました。生徒会の忙しさにも関わらず、少しでも暇あれば私の元へと訪れて、逢引に興ずるのでした。と、このような言葉を用いては少し語弊が生じましょう。なんてことはありません。ただ話し合い、佳枝さまの僅かばかりの暇つぶしを手伝うだけです。
 休みの日などは、佳枝さまはお稽古事に奔走し、まともに話をする機会など日に数えるほどしかありませんでした。それでも私は佳枝さまの、あの優しい声音を聞けることだけでも幸せでした。
 学舎を卒業すれば、許婚の殿方の元へと行ってしまわれる。華族の子孫ゆえに雁字搦めな人生を強いられ、それでも佳枝さまは、気にするでもなく平然に振舞っていました。私も、たとえ離れ離れになっても、彼女が幸せでさえいてくれれば、それで構わないと思っていました。そのことを口にすると、
「そんなことありえないわ。私たちはいつでも友達。そうでしょう」
と、指切りをするのでした。
 
 幸ありし日々の過ぎるはかくも急ぎ足。
 いつまでも続いておくれと願い、時が繰り返し佳枝さまと共にいれる日が絶えぬことを夢見……気づけば季節は移ろうていきました。
 私は気づかぬ振りをしておりました。佳枝さまが次第に顔色を悪くしていくのを。
 幻聴と片付けようとしておりました。初めて会った日、佳枝さまが呟いたあの一言を。
 ですが運命とは残酷なものなのですね……。
 葉が色づく季節。運よく習い事の先生がお休みで、佳枝さまのご予定が無い日でした。私たちは紅葉狩へと出かけることにしました。
 女学校の敷地はとても広く、一山まるまる内包しているほど。春には桜、すこしあとには新緑の名所として、季節の折々に一般の方々にも門戸を開いています。それは賑やかでそんじょそこらのお祭には負けません。先週は今年最後の解放の日となり、この一帯が紅葉をご覧になられる近所の方々で埋まりました。たくさんの方に見られる木々たちは、さぞ恥ずかしいことでしょう。
 私たちが散策したのは、立派な太い幹を持つ木々が連なるブナ林でした。見ごろを少し過ぎたころ。地面は落ち葉の絨毯がしかれ、木々には赤く黄色く燃ゆる葉たちが、名残惜しそうに枝にしがみついています。また一枚、ひらひらと踊るように枝から巣立つ葉。かさりかさりと音をたてながら、私たちは儚き葉の一生を見届けているのでした。
「もうほとんど落ちてしまいましたね」
 私は枝葉の隙間からのぞく空を見上げました。疎となった枝葉の向こうから注ぐ木漏れ日は、些か眩しくて、すぐに眼を佳枝さまに転じます。佳枝さまは憂いを帯びた表情で、じっと地面を見つめながら歩いておられました。私もまねるように、地面を眺めます。吸い込まれてしまいそうなほどに鮮やかな葉の彩りは、それは見事としか言いようがありません。
「綺麗ね」
「ええ、ほんとうに……」
「……葉はどうして落ちるのかしら」
「地面が恋しいのかもしれませんね」
「私は、みんな疲れちゃったのだと思うわ」
「疲れた、ですか」
「そう。ずっと、ずうっと木々にしがみついていたのですもの。私だったらとっくの最初に落ち葉となってるわ」
 また佳枝さまは俯き、かさりかさりとわざと大きな葉音をたてて歩きました。
「……佳枝さま」
 私は話を切るために、言いました。
「なあに?」
「お昼にしましょうか」
「そうね」
 開けた場所で風呂敷を広げ腰を降ろし、つくってきた弁当を交換しました。互いに互いを想い料理したのなら、さぞかし美味なものとなるでしょうと、これは佳枝さまの提案です。
 恐る恐るといった調子で、箸でおかずを一つまみ。口に運ぶと、
『美味しい!』
 と合唱しました。
 最後の紅葉狩りの客となった私たちは、時が経つのも忘れ談笑しました。親きょうだいの進学や結婚の話をはじめ倶楽部での失敗談、気に入らない先生の悪口など話の種は尽きませんでした。
 佳枝さまと語り合う間、心の中に灯がともされたように私は幸せでした。しかし、なにかが違うのです。どこかこの会話には嘘がまぎれているのです。
「それでね――」
「……佳枝さま」
 私はこの不気味な違和感に耐えられず、口をはさみました。暗い調子の声に、佳枝さまは首をかしげます。
「なあに?」
「…………」
 言葉にすることが出来ませんでした。口から出せば、本当になったしまうような気がして恐ろしくなったのです。嘘か真かでいえば、疑いなく真なのでしょう。ですが……。
 私は佳枝さまの胸の内へと、子供のように寄り付きました。手を背に回し、深く抱き締めます。佳枝さまは優しく私の背に触れました。眼に涙たたえた私の背を。
「あの日呟かれたこと、嘘だと……おっしゃってください」
「優子さん……」
 謳うように佳枝さまは言います。
「私はあなたといれるこの時間が愛おしくてたまらない。あなたの笑顔が見れれば、私はそれだけでも幸せ。だから顔をあげて。笑って」
「出来ません」
「そうよね。今日は散々笑ったものね。すこし疲れちゃったのかもしれないわ」
「そういうわけでは」
 佳枝さまのお顔は見えません。声の調子から優しき微笑みをたたえている姿しか想像できません。ですが半年も佳枝さまの傍におればわかります。彼女もまた泣いていることが。嗚咽をこらえながらも、背に滴るは数滴の雨。ポツリポツリと……。
 ふと、佳枝さまは歌い始めました。彼女が口ずさむは、誰に対してのものなのでしょうか、古くより歌い継がれた子守唄でした。
「ねんねんころりよおころりよ。嬢やは良い子だねんねしな」
 ぼうやのところだけ替えて彼女は歌いました。澄んだ声は耳に心地よく、本当に眠りにおちてしまいそうなほどでした。

     *

 あの日から数週間後。私は佳枝さまに会うことはありませんでした。冬の休みを実家で過ごすのが彼女の例年の慣わしでしたので、仕方なく涙ながら再開を誓ったのです。
 佳枝さまが学園を去った数日後、私はふと彼女と紅葉狩りした地へとおもむきたい衝動にかられました。寮で細々と独り過ごすことの切なさからでしょうか。
 このような気持ち、幾年の孤独に慣れ親しんだゆえ抱いたことはありませんでした。そのためか、押さえがきかずに膨れるばかり。
 山の森の木々は裸になり、かさかさと乾いた音をたてては揺れています。私は息も絶え絶え、何度も転びそうになりながら、生気をなくした落葉の床を音たてて駆け抜けました。
「佳枝さま!」
 呼ばれている気がしたのです。あの麗しき面を涙に濡らす佳枝さまが、幻像となりて脳裏に浮かんだのです。
 木々が密度を薄める開けた地で、私は足を止めました。口で息をしながら、私を見下ろす木々を眺めます。空はどんよりと曇り、寒風が吹き荒れ、ヒュゥと哀しげに鳴いていました。
「あっ……」
 寒そうに枝を揺らす木々。その一本に名残惜しげに葉が一枚しがみつくようについていました。
 たった一人で、落ちる運命に抗って……しかし今、風にあおられ一枚の葉は、あわれ親元を離れ一度きりの舞を披露する。
 私を求めて巣立ったのでしょうか。ひらひら自由に宙を踊りながら、こちらへと落ちてきました。
 色あせた枯葉を諸手の器に誘いいれたとき、私は悟りました。この世からひとつ命が散ったことを。
 この葉に宿りて最後の別れを告げようとしたのでしょうか。
 佳枝さま……。
 私は空を仰ぎます。細い枝の迷路の奥に垣間見えるのは、陽が暮れた直後の曇り空みたく暗い空でした。雪の気配を孕み、風は心の芯まで凍らせるくらいの冷たさでした。
 この寒さに、からだ弱き彼女は耐えられなかったのでしょう。いつかは、と覚悟はしていたことです。別れは必ずしややってくる。それがすこし早まっただけのこと。
 わかっています。わかっております。
 ですが……このときばかりは泣いても構わないでしょう。
 この慟哭が意味のないものとなれば、どんなに嬉しいことでしょうか。この勘が嘘と知れれば……。
 佳枝さまの逝去の報が届いたのは二日後のことでした。

     *

 季節が巡り春となるまで、どれだけの涙を流したかことか……。すべて集めたら、風呂桶いっぱいに溜まったかもしれません。
 暖冬の末、思い出したかのように雪が降り学舎は白に彩られ、かと思ったら冬は急ぎ足で過ぎ去って、今はかすかな雪山の名残がそこここに残されているだけです。温かな日差しに桜の蕾が膨らむころ、私ははれて進級し、しばらくお暇していた少女達の園の門をくぐりました。しかし心の時計は数ヶ月前で停止しており、まるで実感がありません。
 佳枝さまがいない学園での生活は、心の臓に穴が開いたかのように、空虚で寂しきものでした。
 気づけば桜の花も散り、新緑が陽光に煌くころ。佳枝さまとはじめてあってから既に一年が経っておりました。
 自らを誇示するかのように鮮やかな緑の園を、私は朝早く訪れました。寮から学舎へと連なる並木道、彼女との出会いの場所です。
 誰かに呼ばれているような気がしたのです。幻聴のようにおいでおいでと囁く佳枝さまの声。それは彼女が黄泉路を渡りしそのときに、語りかけた声と似ていました。
 一本、二本と桜の木を脇に見て歩き、石畳の道中、私は足を止めました。
 ――優子さん……
 声の源をたどれば、そこは佳枝さまと出会った、たった一輪の幻と消えた花園。
「あら」
 木々の合間に咲きし一つの花に、私は目をとめました。小さなお日様のような色をした花弁は、野芥子(のげし)でしょうか。
「今度は刈られたりしてはだめよ」
 そっと撫でるように私は花弁に触れました。佳枝さまの姿を重ねながら、そっと……
 小さく黄色い花びらが、一滴二滴と小さな雨粒に濡れていました。



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