旅のカケラ とある老作家のお話

05 22, 2011 | Posted in 旅のカケラ | Thema 小説・文学 » 自作小説

0 Comments
 久しぶりの更新となります。旅のカケラ九作目です。前作とのつながりはありますが、お話自体は独立しているので、こちらから読んでも大丈夫かと思います。
 ちなみに、内容はかなり自虐的なものとなっております。また、字数は4500字ほどです。



旅のカケラ
~とある老作家のお話~


 乾いた風が大地を撫でる。荒れ果てた地面には、木々はもちろんのこと、草花すら枯れ果て、見るも無残な有様だった。
 死の気しか感じられぬ地に、一人の旅人と、動く人形が足跡を刻んでいく。
 旅人は、黒の衣に身を包んでいた。眼深にかぶったツバつき帽に、これまた黒い縁の眼鏡をかけ、その奥の瞳は夜闇をたたえていた。人形は、旅人の背の半分足らずの大きさで、桜模様の着物に黒髪たなびかせ、雅とはこのことと、見るものすべてが思うほどに艶やかな装いだった。
「こんなところに人がいるのかしら」
 人形が誰にともなく呟いた。
「話によると、荒地の真ん中に一軒だけあるらしいよ」
「幽霊でも住んでたりしてね」
「ミヤがいうと笑えないな」
「あら、いつのまに名前が変わったのかしら」
「ミヤビは呼びづらい」
「鈴音が聞いてたら、泣くかもしれないわ」
「想像できないな」
 ミヤビは楽しそうに笑った。
「じゃあ、センリはセン?」
「できればセンリと呼んでほしい」
「あらまあ、わがままなのね。いいわよ。センリはセンリ、ミヤビはミヤ。なんだかミヤって猫の鳴き声みたいね」
「ふふ、ありがとう」
 センリは声だけで笑った。
「あ、ほら。あそこじゃないかな」
 旅人がゆるい丘の向こうを指差す。板葺きの屋根が、かすかにのぞいて見えた。
「で、あそこに誰がいるの」
「さあ。町の人は無職の老人って言ってたけど」
 話しながら丘を登っていくと、廃屋のような家が顔をだした。近づくにつれ、その全容が露(あらわ)になる。屋根には穴あき、窓硝子はひび割れていた。戸は外れており、中の様子がうかがえる。人の足の先が見て取れた。
「人はいるみたい。死んでいなければいいわね」
「逆だよ。何か役に立つものがあれば、人がいないほうがありがたい」
「たくましいわね」
「ほめ言葉として受け取っておくよ」

「ごめんください」
「誰だね」
 旅人が声をあげると、中より、かすれた老人の声が返ってきた。
「センリと申します。わけあって、旅をしております」
「ふん、物好きか」
 老人の声は、ひどく聞き取りにくいもので、「よく聞き取れるわね」とミヤビが囁くほどだった。
「ええ、物好きですよ。ところであなたは、なにをしてらっしゃるのですか」
「くっくっく。近頃の若者は、といいたいところだが、まあいい。入るがいい。儂も独りには多少飽いていたものでな」
「失礼します」
「おじゃましまぁす」
 口々にいい、旅人と人形は老人の宅に入る。
「鈴音の店よりひどいわね」
 ミヤビがいうように、中は悲惨としか形容しようがないほどに、荒れていた。ほこりが舞い、霧のようになっているのは当然のこと、木の床は人をはめようとでもしているのか、外れていない場所のほうが少ないほどだ。天井は蜘蛛の巣が張り巡らされ、見上げたミヤビはヒィと小さな悲鳴をあげた。
「すまんな。椅子はこれ一つで。儂は立っていることすらままならん」
「いえ、気にしないでください」
 壁際に腰を下ろし、センリは帽子を脇に置いた。
 老人は、たった今、ゴミ捨て場から掘り出してきたかのような椅子に座っていた。
 頭ははげており、口元を白いひげが覆っている。それだけならば、町をまわっただけで出会うことの出来る普通の老爺だ。だが、彼はそんじょそこらの貴族でもここまではならぬ、というほど恰幅がよかった。
 荒れた地に住めば、食い扶持に困るのが常。訪問者は、当然疑問に思う。
「ラングさん、でよろしいですよね」と旅人が訊く。老人が頷くのを見て、センリはつづける。
「お尋ねしますが。どのようなお仕事を」
「小説を書いておる」
 この返答に、旅人は疑問を抱く。辺りに彼の名の本は出回っていない。それどころか、彼が作家であると、町の者は誰一人として語らなかった。
「変なの」
 ミヤビが、老人に聞こえないよう小声で言った。彼女は興味なさげに、家を眺め回し、カビと小さな虫達の聖地に顔をしかめていた。
「作家ですか……本を売って、日々の糧を得ていると」
「違うのだよ」
 大きな溜息ひとつ、ラングは言う。
「町の連中は儂の書くものには目もくれない。薄情な連中だ。儂の名作を、世に出す価値のない駄作とほざくのだからな。そのことで、どれだけ社会に益を与える機会を奪ったか、想像するだに恐ろしい」
「では、どのようにして暮らしているのですか」
「食べ物など勝手に運ばれてくる。ほれちょうど来たところだ」
 老人は家の戸に顎を向けた。遠くからかすかに、馬が地面を駆る音がする。馬車が向かっているのだ。
 蹄(ひづめ)が地を叩く音は、人のそれに代わる。と、割れた窓の向こうから、いかにも金持ちな身なりをした若い男が顔を出した。
「いやあラングさん。お久しぶりで。例のもの置いておきますんで、たぁっぷりと食べてくださいね」
 男は人を食った顔をしていた。
「あいつ嫌い」と、ミヤビが眉根をよせた。
 戸が開く音がした。若い男と入れ替わりに、上質な絹を用いた黒服に身を包んだ妙齢の男が、現れる。
「うげっ」
 ミヤビが、彼が持ってきたものを見て、また顔をしかめた。
 いかめしく、無言な、見ただけで人を殺してしまいそうなほどに鋭い目をした男。彼は巨大な物体を老人の傍に、ドスンと音をたてて降ろした。
 どれだけの剛力を発揮すれば、これだけのものを運べるのだ、と見るもの全てが訝るほどの巨大な食料の山だった。
 彼は礼もなしに立ち去っていった。
 勢いよく閉じられた戸が、均衡を失い揺れ、キィキィと悲鳴をあげている。
 しばらく無言のまま、残された三人は馬車の音が遠ざかっていく音を聞いていた。はじめに口を開いたのは、センリだった。
「あれはなにか、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「収入だよ」
「なるほどねぇ」
 ミヤビは一人納得した様子。センリはよく理解できず、彼女に訊く。
「どういうこと」
「大方、このおじいちゃんから金の匂いがしたのでしょう。あいつらだけ利益あげて、おじいちゃんは太らせて動けなくさせる。こんな話、思いついたって売れやしないわよ」
「そんなところだ。そして、儂はこれなしでは生きられぬ。残したらどうなるか、わかるだろう」
 かぐわしい匂いを嗅ぎつけて、集まってくる小さな生物達をみやり、「想像したくもないわね」とミヤビが苦笑いした。
「儂はもう用済みなのだよ。彼らにとっては一時の金のなる木。むしりとられて、この様だ」
「でも、小説は売れなかったのでしょう」
「ああ」老人は顔をゆがめ言う。「売れなかったさ! 売れなかったとも。儂にもなにがなんだか分からなかった。出版されたが、ただの一冊すら売れんとは。しかし不思議なことに、奴らは私に感謝した。とても大きな益になったとな。それからだよ。豪勢な料理が運ばれてきたのは。何か、人を肥やすための薬かなにか含まれていたのだろう。儂がここまで太り、動けなくなるのに、時間はかからなかった」
「彼らにしたお話。覚えていたら、私たちにもしてもらえないでしょうか」
 センリは、声色を変えず訊いた。
「いいとも」
 渋い顔をしながら、老人は話し始めた。

「そもそも小説とは何であるか、君にはわかるかね。ときに恋愛譚であり、ミステリであり、幻想譚、SF、その枠は多種多様だ。種によっての分類は適当ではないだろう。
 文学と呼ばれる、多少堅いものもあれば、娯楽を主として提供される作品もある。どれも芯は一つだ。
 読者は書物を通して何を得るか。作者の人生そのものか、あふれ出る思いの奔流より生ずる感動か。いずれにせよ、触れたものに、得るものがなければ、それは作品とはいえぬ」
「結構まともなこと言うわね」
 ミヤビが、老人には聞こえない声で囁いた。
「伝えるべきものが詰まっておれば、あとは伝える技術の問題だ。私は数え切れないほどの書物を読破してきた。文章が上手ければ上手いほどに、私の文章にまで力を与えた。
 下地さえできておれば、あとは表現の独自性を詰め込んでやれば良い。知っておろう。体言止め、比喩、倒置法。それらの技を駆使し、さらに流れるように読ませることができれば、おのずと小説はできあがる」
 老人はしばらく、同じようなことを語り続けた。
「とまぁ、こんな感じだ。くく。詰まらん話だったろう」
「いえ、とても興味深い話でした」
 旅人は言い、
「よろしければ、あなたの小説を見せてもらえませんか」
 ラングは目を輝かせる。 
「いいとも。ほれ、あそこの本棚の下の段に詰まってるだろう」
 横に幅広く、壁一面を覆う本棚を、老人は太い指で差した。下段より、センリは一冊の本を抜き出す。
「随分と立派な本ねぇ」
 ミヤビは動かないまま、あきれたように言った。
 随分と古い本だった。小口は日に焼けて、表紙も色あせている。
「これって、もしかして自費出版されたのですか」
 センリが、本の装飾を眺めるうちに、疑問を口にした。
「ん? ああ、たしかそんな風な話をしておったが、よく覚えておらんなぁ。出版はなんでも同じであろう」
「…………」
「なるほどねぇ」
 老人はなんのことだかさっぱりな様子。ミヤビのみが、得心いったように頷いた。
「あの、もしよろしければ、二冊ほどいただいてもよろしいでしょうか」
 本を手に、センリが訊く。黒縁の眼鏡の奥からは、いかにも興味なげな眼をのぞかせていたが、老人は気にもせず目をきらめかせた。
「おお、よいとも。作家にとって読んでもらえることは、この上なき喜びだ。是非皆にも伝えてくれ。私の小説のすばらしさをな!」
 旅人と人形は、それには答えず、老作家の家をあとにした。

 夜をまとった旅人と、東洋の衣に身を包んだ人形が、片手に書を持ち荒野を歩いていた。
 しばらくの間、二人の視線は、文字の連なりに注がれていた。だが、荒野の果てが見えた頃には、旅人も人形も、読むのを止めていた。
「つまらないわね」
「うん。つまらない」
「捨てちゃう?」
「いや、紙は貴重な資源だからね。足りないところで売ろうか」
「でも、どうしてあんなおまぬけな作家つかって、稼ぐことができたのかしら」
「さあね」
 本は、二冊とも背嚢(はいのう)にしまいこんだ。
 と、道の先に、行商が現れた。何の縁か、本の露店だ。
 日焼けの恐ろしさを知らないのか、もしくは余程人気があって、すぐ売れてしまうか。いずれにせよ珍しいものなので、旅人と人形は品揃えを眺めてみた。
「はあ、なるほど」
「なるほどね」
 売られていたのは、たった一種類の本。題名は『悪文集』であった。
「よお、旅人さん。一冊買っていかないかい。ひどくて笑っちゃうほどの、悪文の宝箱だよ。」
 うたい文句に、ミヤビは苦笑を隠せなかった。
「店長」センリは提案する。「その悪文の原典があるのですが。買いませんか?」
「ほお、そんなものがあるのかい。みせてみな」
 露店の主人は旅人が取り出した本を、パラパラとめくり、はじめは興味深げだったのが、次第に大笑いへと変わっていった。バンと、本で風呂敷を叩き、柏手を打った。
「こいつは傑作だ。高値で買わせてもらうよ。それにしてもよくこんな小説書けるもんだねぇ」
 二人が露店を去ったあとも、しばらく後ろから高笑いがあがっていた。
「荷物が減ったわね」
 荒野を歩きながら、ミヤビが呟いた。


スポンサーサイト

« 旅のカケラ 摩天楼忌劇 灰羽連盟 二次創作 幸せの果実 最終話 »

0 Comments
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
0 Trackbacks


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)







書店案内

樹

似非店員:樹
百合と眼鏡が好きな人です。
日本語、和風なものも大好物。
掲載しているものは、主に百合もの、ファンタジー小説となっております。
リンクはフリーです。

pixiv.gif hktatsukiをフォローしましょう
最新記事
御品書
来訪者
御贔屓様方
検索欄
看板
泡沫書店 GLS 駄文同盟.com にほんブログ村 小説ブログ 百合小説へ