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雨宮骨董品店 神様の鉛筆

05 04, 2011 | Posted in 雨宮骨董品店 | Thema 小説・文学 » 自作小説

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 久しぶりとなりました。『雨宮骨董品店』の続編となります。といっても、連作短編ですので、ほんのすこしつながりがあるだけで、こちらから読んでいただいても大丈夫です。即興で書き上げ、字数は8000ほど。そのため、構成、文章など、難があるかもしれません。


【あらすじ】
 使うと頭がよくなるという鉛筆。眉唾ものの話を信じたか、一人の少年が雨宮骨董品店を訪れる。鈴音はそんなものがあることすら知らなかったのだが……



~神様の鉛筆~

 神様のえんぴつって知ってる?
 うん、知ってる知ってる。それ使うと急に頭良くなるんだよね。
 そうそう、受験前になると決まってお母さんとかが、「もしもこの子に神様の鉛筆があればねえ」なんてなげいたりしちゃって。
 あはは、似てる似てる。
 そのえんぴつだけどよ、ほんとにあるんだってさ。
 ええ、どこに?
 変な外国の言葉のかんばんかかげてる店にあるんだって。
 そんな店知らないよ。
 どうせうわさなんだろ。都市でんせつなんて信じてやんのー。
 本当だってば。
 こらー。席着きなさい。そんな根も葉もない噂に踊らされちゃいけませんよ。さあ、今日も勉強、勉強!

   * * *

「カロス、暇だ」
「さいですか」
 気のない女の声に、これまた気のない男の声が答えた。
 ここはほこり舞い散る古びたお店。雑多な品を適当に積み上げた骨董品店である。異国情緒があふれて飽和し、異様な雰囲気を漂わせている。店主鈴音のやる気のなさの現れであり、もちろん人はほとんど寄り付かない。
「ほんと、よくつぶれないもんだ」
 カロスの皮肉に、女店主はフンと鼻息を漏らした。
「量より質っていうだろう」
「質って言葉に失礼だろ」
「はあ、お前なんか買ってけよ」
「生憎売り専門なもんで」
「じゃあ、なんか珍しいもん置いてけ」
「売るって言葉、辞書で引いてみな」
「あのー」
 他愛のない会話の折に、割ってはいる声があった。幼い少年の声だ。鈴音は店の入口をみやる。声から察せられたとおり、年端の行かぬ少年が、不安げな視線で二人を見つめてる。みすぼらしくはないが、かといって華があるわけでもなく、いかにもどこにでもいそうな平凡な男の子だ。
 最近は、音も立てずに入り込むのがはやりなのだろうか。前に来た、黒い旅人のことを鈴音は思い出していた。
「いらっしゃい。あんた、名前は」
「あ、あの、ぼく、えんぴつがほしくて。神様のえんぴつください」
「…………」
「聞こえませんでしたか。ください。一本でいいんです。お金はあります」
「おい、あんた……」
「どこにあるんですか。かってに探しちゃいますよ」
 どうも様子がおかしい。さきから、まるで鈴音の声が聞こえていないような振る舞いだ。
「鈴音さん。お客さんだよ」
「はあ、わかってるよ」
 まったく最近は変なお客さんばかりだ。彼女は残ったやる気も全部吐き出してしまいそうなほど、大きな溜息をついた。
 名も名乗らない少年は、我が物顔で店内を物色する。さきの不安そうな顔はどこへいったのやら、眼を輝かしてあちらこちらへ走っては品を取っては捨て。
「一応これでも掃除してるんだぞー」
 聞こえないとわかっていながら、鈴音は声を飛ばす。店内が汚いのは、あまりもの品の多さに、道を歩けるようにするだけで精一杯というわけもあった。
「神様の鉛筆、だっけか」
「ああ、そんなこと言ってたな。知ってるか?」
「さあね」鈴音は首を横に振る。「どこになにがあるなんて、把握なんてする必要ないからね。欲しいもんは、客が見つける。欲しい者があるから客もくる」
「そいでもって、店主はぐうたら三昧ってか」
「あたしだって、店空けることあるさ」
「ほお、どこに行ってるのやら」
「企業秘密ってことで。さてと」
 鈴音は重い腰をあげて、少年に歩み寄る。肩をたたくと、品探しに夢中になっていた彼は、不機嫌な顔をした。
「文房具はあっちだ」
 指さして教えてやると、少年は気を取り直して、そちらに駆けていった。
「最近のガキはどうも好かん」
「ゆとり世代ってやつか」
「どこの国の話だい」

 鈴音が思ったよりも、鉛筆は種類があったらしく、どれが目的のものか判じかねる少年に、鈴音はやれやれと、適当な一本を選んで渡してやった。棚の上のほうにあったそれは、少年の視線では見えない位置に転がっていた。
 その鉛筆が目的のものかなんか、彼女にはどうでもよかった。神様の鉛筆の話などもとより初耳だったからだ。
 迷信の類だろう。効果があってもなくても、真偽のほどを確かめれば満足のはずだ。
 鈴音は普通の鉛筆一本の値を、少年に示した。話が通じないゆえ、指を一本立てると、お札を出してくるものだから、指で円をつくり硬貨でよいと教えてやる。少年は目を丸めて、首を振り札を引っ込めようとしなかったので、鈴音は彼の財布から硬貨一枚を抜き取った。はやく行くようにと、ハエでも相手にするみたく手を払った。
「ありがとうございます。ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「ああ、わかったからさっさと行ってくれ。効果がなくても文句言うなよ」
「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます………」
 何度も頭を下げ、振り返り振り返り頭を下げ、出て行く少年の姿に、残された二人はすこしだけ震えた。
 カロスが少年の背を見送りながら尋ねた。
「おい、大丈夫なのか?」
「…………」
「待つしかないってか。だったら最初から――」
「帰れって言って、帰ったと思うかい。多分脳天に風穴開けるまで、居座ってただろうさ」

   * * *

 なんかあいつ、急にせいせきよくなったよね。
 でも性格わるくなってない?
 え、昔からじゃなかったっけ。話しかけても返事しないの。
 ねえ、なにがあったの。
 おい、答えろよ。
 はあい、皆の衆。優等生だからっていじめちゃ駄目よ。
 あ、先生だ。
 はあい。

 やっぱり変だよね。
 うん、なにか変わったことってあった?
 そういえば、いつも同じえんぴつ使ってない? あいつ。
 あ、たしかにそうかも。
 ほら、前にうわさになったでしょう。神様のえんぴつ。
 あれがそうだって? まさかぁ。
 ねえ、よくみて。そろそろ使いきりそうに見えない?
 ってことは新しいの買いに行くってこと?
 そうそう、つけていってみましょうよ。
 ほら、そこ。こそこそ話さない!
 ごめんなさぁい。

   * * *

「おい、カロス。これはどういうことだ」
「俺に聞かれたって困る。良かったじゃねえか、ぼろもうけできるぞ」
「良識ある紳士、淑女方のご来訪を願いたいねぇ」
 かの少年が一本の鉛筆を購入した、二週間ほど後。日が傾き、空が薄い赤を帯び始めた頃。雨宮骨董品店の店先は、なにやら賑やかのごようす。
 苦笑する鈴音の視線の先には、昨日訪れた少年を先頭に、同じ年頃のお子様達が大行進して店に入り込んできた。
 本人たちは、見つからないよう追跡してきたみたいだ。が、ひそひそ声が重なり、人数が多いゆえに隠れようにも隠れきれず、振り返らずとも気配で察せられよう。少年はほんとうに気づかなかったのか、それともついてきてると知ってて放置しているのか。いずれにせよ、あれだけの大群、引き連れてこられては、鈴音にとってたまったものではない。
 そんな鈴音の心など知らぬ少年は、平然と口を開いた。
「えんぴつがたえてしまったので、別のをください」
 たどたどしい語り口のようだが、鈴音はそこに不気味な違和感を覚えた。
「お願いします。お願いします。お願いします……」
「やっぱりあの子、おかしいんじゃないのか」
 カロスが訝しげな視線で少年を見やる。
「今に知ったことじゃないだろう。はあ、今日はやっかいなお荷物も連れてきちまって」
 声の抑揚がない。表情は一切変わらない。まるで人形が喋ってるようだ、と鈴音は感じていた。昨日の不安そうな顔は、もしかしたら演技か見間違いだったのかもしれない。
「お願いします。お願いします」
「わかったわかった。ほれ、持ってけ」
 帳場まで詰め寄ってきた少年に、女店主は一本の鉛筆を差し出す。
 だが、少年は受け取る様子もなく、お金を取り出そうともしない。
「足りません」
「はぁ?」
「あなたには見えないのですか。うしろにたくさんそのえんぴつを求めてる人がいるのですよ」
 少年のよく通った声に、いつの間にか店の中に入り込んで影で隠れていた子どもたちから、どよめき声があがった。
 隠れる意味がないと悟ったのか、一人の女の子が口を開いた。
「私たちも、その子が使ってたえんぴつがほしいんです」
「そうです」
「くださーい」
「おこづかいほとんど残ってないけど、大丈夫ですか?」
 口々に子どもたちが話し始め、あまりものうるささにたえられず、「ああ、もうわかった!」と鈴音は手を上げた。
 前と同じく指をさして示す。
「そこらへんに置いてあるのから、好きなだけ持っていきな」
 鈴音は内心穏やかではなかった。もしかしたら少年は、同じのじゃないと駄目だというかもしれない。だが、前に適当に選んだのとまったく同じものは、先ほど渡したので最後だった。もちろん、どこで入手したかなど、鈴音の知る範疇ではない。
 だが取り越し苦労だった。
「結局なんでもいいんだな」
 カロスがあきれたように呟いた。
 ひとまず安心なのかどうなのか。少年は硬貨を一枚置いて、さっさと店を去っていってしまったのだ。
 帳場に並んだ長い列を眺め、鈴音はなんだか夢を見てる心地がした。

   * * *

 なあ、あいつってだれだっけ。
 え、そんなの……あれっ?
 だれも名前知らないの?
 ほらー席着きなさい!
 先生、今日休んだ人の名前って知ってますか?
 え、ああ、あの子ね。ええと……。ちょっと待ってくださいね。今日の出席人数は、……あら。ちょうど全員ですね。
 …………?
 席が余ってるようです。あとで片付けておきましょう。ほら、みなさん。変なことを言ってないで、授業はじめますよ。

 ねえねえ、またあそこ行かない?
 そうね、うわさ、ほんとだったみたいだし。
 でも、またおおぜいで行ったら、あの人大変かも。
 じゃあ、わたし行く。
 ええ、ずるいよ。
 別にいいんじゃないの? お金あげるからみんなの分も買ってきてよ。
 たしかに、あそこなんか気味わるかったもんなぁ。
 じゃあ、決まりね。
 うん、おねがい。
 こら、そこ! ちょっと成績よくなったからって、さぼってちゃまたもとに戻っちゃいますよ。
 先生がりこんしちゃったようにですかー。
 廊下に立ってなさい!

   * * *

「おや、今日は一人だけかい」
 鈴音は、骨董品店に入り込んできた少女に尋ねる。一見おびえた表情だが、その澄んだ海の色の瞳からは、なにか固い決意のようなものが感じ取れた。
「はい、あの……前に一緒にいた人は」
「うん? カロスかい。自分探しの旅に出るってさ。あたしが知る限り、そう言って戻ってきたやつはおらなんだがな」
 と言っても、結局一月も経てばピンピンとした姿で帰ってくるのだが。こちとら、帰ってきて、珍しいものを売ってくれないと困る。
 ちょっと驚かせちゃったかな、と鈴音は案じたが、少女は別段気にしている様子はなく、ちょっと頬を緩めただけだった。。
 ほう、結構芯の強い子じゃないか。
「わたし、サラといいます」
 おまけに礼儀もよし。
 鈴音はふむと小さく息を漏らし、サラと名乗った少女に訊く。
「何の御用で? お探し物があるって様子ではなさそうだねぇ」
「あの……前に売ってた神様のえんぴつって。……すみません。失礼はしょうちです。あれって、ただのえんぴつですよね」
「あたしからその、なんだ、神様のなんちゃらだって言った覚えはないね。あの変な少年が勝手に名前つけて買ってっただけだ。相場を越えた値段もとめてるわけじゃなし。街中の鉛筆需要をひとりじめしてるわけでもない。問題あるかい」
「いえ。わかっています。わたしがききにきたのは、そういうことじゃないんです」
 怪訝な顔をした鈴音をみて、サラはすこしうつむく。しかしすぐに、きっと鈴音を見上げ、口を開いた。
「ききたいのは、あの男の子のことです」
「名前は知らないのかい?」
「わからないんです」
 やっぱりな、と鈴音は思った。『あの男の子』という、あまりもの他人行儀な言い方に、うすうす感じ取ってはいた。
「その、同じ組のみんなも知らなくって。でも、たしかにいたんです。ごめんなさい、うまくいえなくて」
「いや、だいたいわかった。だけど、あの子についてあたしが知ってることはないねぇ。今はどうしてるか知ってるかい?」
 すると少女は首を横に振る。つい最近から姿を見かけなくなったと、サラは言った。
「どうやら、事は簡単に治まりそうにないみたいだねぇ。なあ、あんた。とりあえず別の場所で鉛筆買って、あの子らに渡してくれないかい? 束になって売ってるだろうから、たくさん入荷した、ってごまかしとけば大丈夫さ」
「…………はい」
 あまり乗り気ではなさそうにサラは頷いた。
「そんな暗い顔するなって。ただ、なんでこんなことになったか調べたいだけだ。他の店で買ったもの使って、成績がそのまま変わらなければそれでよし。もし、がくんと落ちるようだったら、間髪いれずにこの店までくるんだよ」

   * * *

 悲しいお知らせがあります。***君が昨夜亡くなりました。
 だれですか?
 よくきこえませんでした。
 ですから、***君ですよ。片手には一本の鉛筆を持っていたそうです。もう使い物にならないくらい短かったそうですが……。
 もしかしてそれって――
 しー、ばれちゃうだろ。
 そこ、なにか知っているのですか?
 …………。
 …………。
 神様のえんぴつです。
 神様の鉛筆?
 使うと頭がよくなるんですよ。
 まあ、それであんなに急に……。どこで手にいれたのですか? なにか事件に関わりがあるのかもしれません。
 わかりませーん。
 どこだったっけ?
 わすれましたー。
 あなた達はまったく。友人のことなのに、悲しくも、なんとも思わないのですか?
 じゃあ、先生はなにか知ってるんですか。
 えっ。それは……。だって、この学校の子であることは、間違いなくて……。と、とにかく! なにか知ってる人は私のところにきなさい。それと、そんなわけもわからない鉛筆、さっさと捨てちゃいなさい。
 えー。せいせき下がっちゃう。
 親に怒られちゃうよー。
 おこづかいへらされちゃったり。
 先生おねがいします。
 却下です!
 おうぼうだー!

   * * *

「で、収まったのかい」
「はい、ひとまずは」
 サラが店を訪れたのは、あれから数週間の後。浮かない表情は相変わらずで、これはなにかあると、問わずとも鈴音にはわかった。
「よかったじゃないか。もう、この店には用ないだろ。客じゃないのなら、帰りな」
 だが、少女はその場を退かない。
 まあ、そうなるだろうな、と鈴音は思った。
 ここにくるのは、なにかしら用があるものだけ。ときにうしろめたいことであったり、切なる願いであったり……。求めるものがわからないやつが訪れることは、誤差の範囲でしか起こりえない。
「あの少年のことかい」
「はい」
「死んだんだろう」
「……なんでそれを?」
「そんな浮かない表情してたら、何かしら良くないことがあったと考えるのが自然だ」
「…………」
「で、何が知りたい? あたしに尋ねてわかることなんざ、これっぽっちもないと思うが」
「ありますよ」
「ほお」
「いえ、確かめたいことがあるっていうのが正しいのかも」
「聞かせてごらん」
「……あの子。さいごに何を持ってたか知ってますか?」
「鉛筆っていうんだろ。まあ、予想はつく。それで?」
「さいごに何を書いたかわかります?」
「自分の名前を書こうとして書かなかった」
「……まるでその様子を見ていたようですね」
「たんなるあてずっぽうさ」
「じゃあ、あの子が、なんでなくなったかは?」
「…………はあ、なんでわかるのかねえ。別に死因なんざ、どうでもいいんじゃないのかい? あの子はとっくの前に死んでいた。あんたが訊きたいのは、そういうことだろう」
 サラはこくりと頷いた。
 鈴音はすこしだけ咳き込む。何もしなくてもほこりが舞ってるからだ。
 すこし掃除しないとな、と彼女は場違いなことを考えていた。
「雨宮さん……ですよね」
「よくあの看板読めたな」
「調べましたから」
「で、なんだい? この店で働きたいとか」
 鈴音は冗談で言ったつもりだった。しかし、サラは「そうです」と肯定した。
「まあ、そりゃこんな店で働きたいってやつ……って、あんた、今なんて言った?」
「この店ではたらかせてください」
「そりゃあ、可愛い娘は大歓迎だが、いったい、どういう風の吹き回しだい」
 予想だにしない展開に、いつも冷静な女店主もしどろもどろの受け答えしかできなかった。
「こんなこと、もう二度と起こさせないようにするためです」
「はぁ」
「あの子を救うことが、できたかもしれないのに……あの子は、最後まで自分の名前を探してたんですよ!」
 サラに先を促す。鈴音は口を挟むことなく聞いていた。
 聞き終えたその後、鈴音は盛大に溜息をついた。「引く気はなさそうだね」と言い、赤錆色の縁の眼鏡の奥から、細い目でサラを品定めするように見つめた。
「ちと幼いが、教養はある。ふん。へまやらかしたら出てってもらうよ」
「ありがとうございます」
 大きく頷いたサラを見て、鈴音は苦笑いした。

   * * *

 誕生日おめでとう。ほら、プレゼントもあるぞ。
 ほんとー? なになに?
 ははは、そうはしゃぐんじゃない。……すまないな、こんなものしかやれなくて。
 なんだろー、これ。
 紙と鉛筆だ。ほら、こうやって持って、紙にあてて、ほうら。そうやって字を書くんだ。
 すごーい。おとうさん。ぼくのなまえはどうかくの?
 お前の名前は……な。……く。こ……や、って……。
 どうしたの? なんだかくるしそう。
 …………。
 おとーさん? おとーさん? ねえ、おとーさんったら。

     *

 君の名前は?
 わかりません。
 ふむ、君はどこの生まれだね?
 言いたくありません。……あの。紙とえんぴつがほしいのですが。
 構わないが。どうして、と訊いてもよいかな。
 ……なんとなく、ではいけないでしょうか。
 ふふ、いや、それでよい。無理に言葉を紡ぎだす必要はない。すこしずつ、思い出していけばいい。
 …………。

     *

 あの子どうしたのかしら。
 両親を亡くしたらしいわよ。
 ほお、それはかわいそうに。
 でもめげてる様子ではないですね。
 いったい何を書いてるのやら。
 お前さん、訊いてみればよいじゃないか。
 ちょっと遠慮しとくよ。
 私もだ。あれは、何かにとりつかれてるようにしか見えない。
 あらあんた怖がりなのかい。
 じゃあ、あんたがいったらどうだい。
 ……うるさい。
 ああ、すまん……。
 なあ、あの子……

     *

 逃げ出したって? そんな、どうやって?
 あの子と一緒に、外で散歩していたときに……すみません。私が目を離したせいで。
 いや、君が謝ることではないよ。で、あの子は。
 それが……

     *

 知ってるかい?
 ん、あの子のことか。
 そうそう、見つかったときに、手になにか持ってたらしいんだ。
 鉛筆かしら?
 そうそう。ほら、いたのが砂浜だろう。そこでなにか書いてたみたいでさ。
 何をだい?
 それが波で流されちゃって、分からなかった。
 つまらない落ちだね。
 なあ、もしかしたら、ほんともしかしたらの話なんだけどさ。
 なんだい。
 俺たちが、あの子に名前をつけてあげてたら。
 なにか変わったってかい?
 そうね、あの子、よくお父さんって呼びかけてたじゃない。一度だけ、「名前呼んでよ」って泣いてたのを見たの。
 …………。
 なあ。今からでも間に合うんじゃないかな。
 ああ、いつまでも名前がないままじゃ、あまりにもな。
 ねえ、こういうのはどうかしら……


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似非店員:樹
百合と眼鏡が好きな人です。
日本語、和風なものも大好物。
掲載しているものは、主に百合もの、ファンタジー小説となっております。
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