スポンサーサイト

-- --, -- | Posted in スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

魔法少女まどか☆マギカ 二次小説 桜散り静かに眠る

03 26, 2011 | Posted in 魔法少女まどか☆マギカ | Thema 小説・文学 » 百合小説

0 Comments
 「魔法少女まどか☆マギカ」の二次小説を公開します。といっても、本編の登場人物はQBさんだけで、主要な登場人物全てオリジナルとなります。眼鏡をかけたお方があまりにも少ない、じゃあ自分でつくってしまえ、ということで突発的に書いたものです。
 二次創作というより、外伝的小説といったほうが近いかもしれません。
 大いにネタバレを含んでいるために、第8話までご覧になっておられない方はご注意を。
 また、用語についてですが、過去の時代の話も含むため、グリーフシードやソウルジェムといった単語を独自に日本語に直しております。また、魔法少女の設定もかなりの独自解釈が入っておりますので、違和感を覚えるかもしれませんが、そういうことなのだとご了承くださいませ。
 分量としては22000字ほど。当サイトとしてはかなり長めとなっております。

※3.26更新
 公開直後で申し訳有りません。細かいところでいくつか修正加えました。てにおは、「、」の位置の修正が主となります。


【あらすじ】
 何百年もの間魔法少女として魔女を狩り続けるシズカ。絶望の淵より呪われた輪に囚われ、生涯を孤独に生きる少女。友情を軽く飛び越えたもう一人の魔法少女との、終わることのない物語。



~桜散り静かに眠る~

 漆黒の刃が閃く。
 巨木の姿をした異形の者に、刃先は触れ、そこに何もなかったかのごとく斬る。
 狩られし者は、いくつもの木片となり、砂のように掻き消えた。
 魔女は、その黒く硬い枝を伸ばす間もなく、黒き種子を落とした。
 黒くかすんだ宝石を拾う。後ろから小さな動物が歩み寄る気配があった。今は極彩色の土ではなく、埃にまみれたコンクリートの床。トットッと静寂を背景に、時計の秒針のリズムで音は近づき、そして止んだ。
 振り返らず、必要最低限の声音で私は尋ねる。
「これでいくつになる」
「二万三千二百十九個だね。すごいよ。実績だけなら間違いなく一番の魔法少女だ」
 少年の声が後ろから聞こえた。あどけなく、無邪気な声。抑揚もなく、そこに感情は含まれていない。今振り返れば、瞬きもせず見開かれた赤い玉の目が二つと、開かない口が映るだろう。
「その呼び名は気に入らないと何度も言っている」
「やれやれ。はじめから魔女になってくれと言って、なろうとする子がいるのかい」
「引き込む上では人の感情を理解できるようね」
 私が皮肉を言うと、彼は臆するでもなく、
「単なる確率論だよ。試行錯誤の結果さ。呼び方なんて単なる記号でしかないんだから。そこに君達は意味を見出そうとするけど、僕にとっては全く理解できない」
 淡々と語った。
 無言で、私は下り階段へと足を向ける。
「休まないのかい」
「疲れているように見える?」
「見えないね。こっちを向いてくれないと」
 彼と話すのは、言葉を忘れないため、というのもあるかもしれない。何百年の時を孤独に過ごしたために、話し相手は彼くらいしかいなかった。
 それで十分だった。
 自分の願いが何だったのかすら忘れ、魔女を狩るだけの機械と成り果てた自分に、話しかけようとする奇特な精神の持ち主はいなかった。
 それで構わない。
 ただひたすらに狩る。刀を振るい魔女を斬り捨てる。まるで呼吸をするかのように、事は一瞬で終わる。少しでも早く彼女達が楽になるように……。
 生きる屍のごとく、心などとうに捨て。
 果てはおそらくないだろう。
 これは、終わることのない物語。
 消えることなき傷を背負う私と彼女の……

   * * *

 昔々、とあるところに一人の少女がいました。名をシズカといいます。
 貧しい家庭に生まれ育った少女は、それはみすぼらしく、お友達もいませんでした。
 いつもいじめられて一人ぼっち。泣いたら泣き虫、怒れば怒りんぼと、何をやってもからかわれ。次第に心を閉ざしていってしまいました。
 ある日、近所のいたずら好きの男の子に、石を顔に向けて投げられるという事がありました。彼女は片方の眼に石を受け、その眼は見る力を弱めました。その日から、彼女は眼鏡をかけなければいけなくなりました。真っ赤な縁の眼鏡。それを見た同い年の子供たちは、血の鬼だとそしりました。
 歯車はどこで狂ってしまったのでしょうか。
 唯一人味方だった、寺子屋の優しい女の先生も、いつのまにか、無関心な木偶の坊みたいなおじいさんに代わってしまいました。
 父と母は常に喧嘩が絶えませんでした。父がお店(たな)から暇を出され、飲んだくれになった挙句、ついには暴力を振るい始めました。
 絶えかねた母はシズカを連れて逃げ出しました。身一つで逃げ出した母は、隣町の仲の良い親戚を訪ねました。しかしそこに見知った優しい老夫婦はいませんでした。代わりにそのむくろが置いてあったのです。木の床はどすぐらい赤に染められていました。
 それが血であると気づいた母は、娘の手をとりその場を立ち去ろうとしました。ですが、シズカをつかむことはできませんでした。肩から先がなくなってしまっていたのです。
 今までにないほどの痛みが母親を襲おうとしたとき、ふっとそれは途切れました。既に誰がどこにいるかも分かりません。母親の首がいつの間にかなくなっていました。遠くで何かが落ちる音がしました。そこには、母の絶望に歪んだ顔がありました。鞠のように、頭だけがそこに転がっていました。
 黒い刀を構えた男たちが下卑た笑みを浮かべ立っていました。刀に、衣に、母のものであろう血液が付着しています。
 ああ、彼らにわたしは殺されるのだ。
 少女は悟りました。逃げることは叶わない。それでも生きたいという本能の叫びは、彼女の足を家の奥へ奥へと運んでいきます。
 男たちは当然のごとく追ってきます。
 わたしを斬るとき、彼らはどう感じるのだろう。気持ちいいのかな。だとしたら、少しでも人の役に立てるのかな。
 少女は場違いなことを考えながら、数刻の命を得るためにひた走りました。
 階段を駆け上がり戸を閉めると、後ろからドンドンと乱暴に叩く音が聞こえました。鍵などついていないのに「もう逃げられないぜ」と、一人の男が、分かりきったことを大仰に告げる声が聞こえました。
 万事休すです。
 舌を噛み切れば、彼らの手にかかることなく死ねかもしれない。
 そう考えたときでした。
「やあ、随分と大変そうだね」
 窓のほうから、平静な少年の声が聞こえました。
「僕はキュゥべえ。ねえ、僕と契約して魔法少女になってよ。代わりに、一つだけ願いを叶えてあげるよ」
 まるで、寺子屋で自己紹介するときのように彼は言いました。
 キュゥべえは白い動物でした。ですが、少女は記憶にあるどの動物にも、彼の姿をあてはめることはできませんでした。赤い瞳。閉じられたまま喋る口。猫のような耳に、兎の耳が生え、三叉にとがっており、先には黄色く光る輪がありました。
 少女は何がおきているのか分からず、口をパクパクさせることしか出来ません。まるで金魚が餌を食べるときのようです。
「君に考えている余裕はないと思うんだけどな」
 白い動物が言うと、それに応えるように後ろから「そろっと出てきてもいいんじゃないの」「もう飽きちゃいましたよ」「もうやっちゃっていいんじゃねぇのか」「ガキを斬るあの感触がたまんねんだよなぁ」と、少女を震え上がらせるような言葉が飛び交います。
「助けて!」
 少女は叫びます。
「君が魔法少女になれば、この場を打開するのなんて訳ない。何か願い事を言うんだ」
「おかっつぁん、おかっつぁんを生き返らせて!」
「それでいいのかい。君の母親がもう一度動けばいいんだね」
 その意を正しく理解しないまま、少女は頷いてしまいました。

 ついに男たちがふすまをけり倒し、なだれのように押し寄せてきました。しかし、彼らがそこで見たのは、あの泣きじゃくっていた弱々しげな少女の姿ではありません。代わりにいたのは、長い黒髪を一つに結わえ、花簪(かんざし)光る威風堂々とした小柄な女武士。目を見張るほどに鮮やかな黒袴に、胴の衣には、夜の地に紅の桜が散り、その一つは、鮮やかに輝く赤き玉。
 赤縁の眼鏡の奥より覗く眼光は、見ただけで穴が開いてしまいそうなほどに鋭く、男たちは思わずひるみます。しかし、そのうちの無謀な一人が少女に踊りかかりました。
「うあああぁっ!」
 と叫び斬りかかる男。しかし刀は空を切りました。彼は何が起こったかまるでわかりません。鍛えに鍛え抜かれた業物が、菜切り庖丁のように先がなくなってしまっていたのです。しかし、これでは柄が邪魔して野菜も切れません。
 彼は残りの刃がどこへ行ったかきょろきょろ見回しました。刃は押し入れの襖に突き刺さっていました。それを見つけ、なぜこんなに簡単に切れてしまうのだ、とかまいたちにでも襲われているような悪寒を感じました。
 少女に背を向け、男はシズカの存在を嘘と片付けようとします。ですが無駄な試みです。首筋に触れる冷たい感触と、
「動いたら、死ぬよ」
 少女の凍てついた声に戦慄を覚えました。
 仲間だったはずの他の男たちは、もしかしたら彼よりも恐れていたかもしれません。目の前で起こった光景。眼がその動きを捉えることなく振るわれた黒き刀。
 男たちは逃げ出しました。その様は、追っていた獲物が猫ではなく虎だと気づいたかのごとくあわれでした。慌てふためき、転び、叫ぶ彼らに、
「逃げるなよ、助けてくれ、なあ、待ってくれ。ああ、助けてください」
 最後のは、変わらず刃を首筋にあてる少女に対してでした。
 シズカはもう男のことなどどうでもよいと思っていました。二度と刀を振るえぬよう、立ち去り際に、双の眼を一文字に切り裂きました。大きな獣が咆哮するかのように泣き叫ぶ男を背景に、彼女はその場を立ち去りました。
「次はその刃を魔女に向けてくれると嬉しいよ。下手に魔力を使ってもらっては困るんだ」
 と、キュゥべえがいつのまにか窓の桟にたって言いました。しかしながら、聞いてくれる者はうめき転がる男だけでした。

 シズカは刀を消し、手にしたのは炎を中に宿すかのごとく赤い輝きを放つ宝石。服はもとのみすぼらしいものに戻っていました。
 母を捜して、彼女はふらふらと主のいない家を抜け出します。もはや、母が殺された瞬間など、記憶の底から抜け落ちていました。
 優しいあの温もりを求め、幸せな日々が戻ることを信じて疑わず、少女は町を見渡します。
 すぐに、彼女は正面に立つ目的の人の姿を認めました。ですが一瞬大きな違和感に襲われました。かの人を母と気づくのに、桜が一片散り落ちる間がかかりました。
 優しい優しい、天使のような微笑みはそこにはありませんでした。口を結び、凍りついたような白い顔。しかし、母であることは間違いないのです。
 シズカは、大丈夫、おかっつぁんは無事だったのだ、と自分に言い聞かせ、立ち尽くす母に近寄ります。母は抱き寄せようとしてくれませんでした。少女は自らその手を背に回し、「おかっつぁん!」と涙ぐみながら温もりを……
 どうしたことでしょう。
 吐息は感じられます。うずめた胸からは確かに鼓動が響きます。
 ですが、その肌は氷のように冷たかったのです。
 シズカは驚きのあまり、母を突き飛ばしてしまいました。
「あ、ごめんな……」
 倒れた母を起こそうとするのですが、すぐにその手は静止画のように止まってしまいます。
 痛がるでもなく母が起きだしたからです。いや、それだけでは少女は手を休めなかったでしょう。ですが、その様は人のものと言うに憚るものでした。
 まるで四肢に糸でも張られており、誰かが操っているかのように、母はぎくしゃくと立ち上がりました。間接が曲がるたびに、木の枝が折れるような音がなります。本来曲がるはずのない向きに曲がっているのです。
 そこにいたのは母ではありませんでした。
 母の姿かたちをした何か。
 首は動くたびに右に左に倒れ、今にも外れてしまいそうでした。
 シズカは後ずさりします。
 首を横に何度も振ります。
 こんなはずじゃない。こんなのおかっつぁんじゃない!
 思いましたが、口に出すことさえ出来ないほどに少女はおびえていました。
 そんな彼女を、生ける人形は見向きもせずに離れていきます。見えない糸が足を上げ下げ、よろめき、倒れそうになり、また糸が引っ張り戻します。
 町の人々が、それを見て驚かないはずがありません。つい先ほど、腕を切られ首を切られた瞬間を目撃した男など、失神寸前まで動じ、逃げ出しました。
 そして、
「化け物だ! 人間じゃねぇ。はやく、はやく処分してくれ!」
 と叫ぶ声がしました。
「やめて……」
 少女は呟きましたが、聞き届ける者などいません。何度も何度も繰り返しますが、その声はやがて湧き上がった怒号にに埋もれてしまいました。
「なんなの、あれは!?」とおびえる女の声。
「あっちいけ、死んじゃえ」と石を投げる子供。
 方々で阿鼻叫喚の大合唱。
 まるで花火が街中で暴発したあとのような騒ぎです。
 人の波は母を囲い、
 やがて飲まれて見えなくなり、
 しばらくしたら歓声があがりました。
 またしばらくして、
 人々の波は引いていき、
 そこは、
 赤い海でした。

「ひどいな、君は。母親を突き飛ばすなんて。挙句の果てに見殺しにするなんて。せっかく生き返らせてあげたのに」
 まるで何事もなかったかのように、足元でキュゥべえが言いました。
「気にくわなかったのかい。でも生きていただろう。動いていただ――」
 こたえる代わりに、シズカは彼の首を斬りました。首に赤い線が走り、沈黙のまま頭と胴に別れ、しかし血が飛び散ることはありませんでした。
「やれやれ、困るな。代わりはいくらでもあるけど、むやみやたらに殺されたら、気持はよくないね」
 後ろから、たった今動きを止めた動物と同じ声が聞こえました。
 まさかと思い振り返ると、そこには斬り捨てたはずのキュゥべえが赤い眼を光らせていました。踊るように彼は彼のなきがらに近寄り、二つに分かれた白い体躯を食しました。
「さっきも言ったろう。むやみやたらにその力を使ってもらっては困るんだ。君の持ってる赤い宝石、それはソウルジェム……といってもわからないか。魂の宝石、仮に魂石(こんせき)と呼ぼうか。それはね、使うたびに汚れを溜め込んでしまう。だから魔女を倒して――」
 キュゥべえは事務的な口調で語り続けますが、少女は聞く耳を持ちませんでした。
 泣きぬれて、声にならない叫びをあげていました。
「良かったじゃないか。その力を人のために使えるんだ。この国では流行っているんだろう。情というものが」
 涙の雨は小雨となり、やがて止みました。
「君には忘れる力がある。どんなに辛いことも、なにもかも、ね。それはとっても強い力だ」
「なにを……すればいいの?」
「まずは魔女を探してグリ――いや、嘆きの種を集めてもらおうかな」

 その日から、まだあどけなさの残る少女の日々は一転しました。流浪人のごとく町を歩き、魔女だけを確実に斬り捨てていきました。魔女には使い魔という、いわば魔女の子供がいます。人の命を奪い糧とする彼らを、しかし彼女は意にとめることはありませんでした。人を救う心など、とうに捨て去っていたからです。
 人々は化け物の子であるシズカを避け、遠ざけようとしました。恐怖心にかられて刀を向ける者もいました。その刀は、いずれも彼女に届くことなく、使い物にならなくなりましたが……。
 少女が食に困るということはありませんでした。奪えば事足りるのですから。
 魔法少女が飢えて死ぬことはない。そのことを知るのは間もないことでした。しかし、お腹がすいたと、身体が悲鳴を上げるのは変わりありません。魔女との戦い以外で死とは縁遠くなったとしても、本能より生ずる欲には抗えないものです。
 シズカは、他の魔法少女達とは比べ物にならないほどの働きをしました。それは彼女たちの出る幕がなくなってしまうくらいに。
 そんな折に、一人の魔法少女がシズカの元を訪れました。いや、襲いかかったといったほうが正しいでしょう。
 巨大な絡繰人形の姿をした魔女を斬り伏せたときです。背後から殺気を感じ、間に合わない、と即座に二つ目の刀を後ろに浮かせ静止させました。普段は使わない力です。
 金属と金属がぶつかりあう音がしました。
 耳障りな音が止み、楽しそうに笑う声に変わりました。
「あなたね、このあたりで獲物を横取りしてるのは」
 長い柄に、極限まで磨かれたであろう鋭く光る刃。身長の二倍はあろうかという長巻を、彼女は構えていました。
 雪のような白く短い髪。服は、見たこともない、おそらくは異国の令嬢が身につけるようなもの。動きやすく丈を短くしてありました。その様はまるで雪の妖精と見紛うほど。
「別に今すぐ命を奪おうっていうわけじゃないわ。……すこし、話し合わない」
 彼女は桜子と名乗りました。シズカはサクラと呼ぶことにしました。彼女が望んだからです。

 サクラは指折りの貴族の令嬢でした。
 白い髪は生まれつきで、服装も普段は艶やかな桜の柄の振袖でした。その模様は、シズカが魔法少女となるときの模様とよく似ていました。地は黒ではなく、晴れた日の雲のような白地。舞い散る花びらも、本来の桜色でした。
「外国人とでも思った?」
 からかうような笑みを浮かべサクラが言いました。
 シズカは首を振ります。
「似ていたから……」
「誰に?」とサクラが尋ねることはありませんでした。たとえ訊いたとしても、シズカには答えられなかったでしょう。
 サクラが案内した場所、そこは小さな寺院でした。小高い山の上、森の中の道なき道を抜けたところに、かろうじて原型を留めて建っていました。
 町ひとつ分の敷地を持つ豪邸を想像していたシズカは、すこし気抜けしました。
「なあに? その顔は。人前でするような話じゃないんだから丁度いいでしょう」
 外で見たときは、わずかですが建物の体をなしていた寺院。ですが、中は人が住んでいたらそれは幽霊だと確信できるほどの有様でした。床板の大部分が抜け落ち、そここにうごめくは小さな生き物。天井は蜘蛛(くも)たちの楽園。それこそ、今にも魔女が出てきそうな雰囲気でした。
「何から話そうかしら」
 おもむろに、床が外れていない場所にサクラは正座しました。シズカも、その対面に恐る恐る座り込みます。キュゥべえの姿はありません。どこかで聞き耳をたてているに違いないとシズカは思いました。
「あなた、いままでたくさんの魔女を倒してきたと思うけど、手に入れた種はどうしたの?」
「え……。必要な分は使って、それが以外はキュゥべえに……」
 すると、サクラはあきれたように溜息をつきました。
「それ、みんな食べられてるわね」
「え、なんで!? だって、集めてくれって……。食べるのは穢れを溜め込んだものだけじゃないの」
 シズカにはわけがわかりません。多くの種を手に入れることが目的なのだと、少女は信じて疑わなかったのです。それに、多くの魔女を狩ることがほかの魔法少女を楽にすることはあっても、刃を向けられる覚えはありませんでした。
「……あなたになら言ってもいいかもね。キュゥべえに預け、そして食べられてしまったそれは、……魔法少女の成れの果てよ」
 シズカが、名のごとく押し黙るのを見て、サクラは自嘲気味に苦笑いしました。
「いきなり、こんなことを言われても混乱させちゃうだけかもね。でも、分かってもらわないと困るの。そうね……じゃあ、息抜きにこんなお話でもしてみましょうか」

     *

 それは一人の少女のお話。
 彼女は、それは裕福な家庭に育った。豪華な服に毎日のごちそう。五人きょうだいの末っ子で、たった一人の女の子だったから、それは可愛がられていたわ。
 でも、当人はそんな日々から抜け出したいと思っていたの。家から抜け出すことは許されず、遊べたのは広い庭で、無骨な付き人さんとお兄様たちとだけ。外に出してもらったことなんて、数えるほど。あげくの果てに許婚まで決められてしまっては、少女はもううんざり。
 そんな折にキュゥべえと名乗る動物が現れたの。彼は願いを叶えてくれると言ったわ。少女は迷わず願いを思いついた。この家から抜け出したいとね。でも、それは力を得れば容易なことなんだって。あんな魔女を倒すほどの力なのですもの。それで彼女は婚約を取り消してくださいと頼んでしまった。
 馬鹿よね。たしかに願いは叶えられたけど、そもそも家から抜け出せれば願う必要すらなかったこと。ようするに、少女は家に文句を言いながらも、そこにいたかったのね。外に出られる自由だけ欲しかった。わがままよね。すぐに報いはきたわ。最初の殿方との婚約は反故になった。でも、新しい人を連れられてきたとしたら。
 こうして少女の願いは意味のないものとなってしまった。でも、代わりに与えられた衣装は、かつて少女が一度だけ見た外国人の令嬢の御姿。意匠は違えども、彼女は喜び勇んで魔女を倒す日々に没頭したわ。
 許婚も、決まるたびに死んでいったら、嫁げるはずもないもの。少女は気味悪がられながらも家にいることができた。抜け出すのは造作もないこと。両親はこの娘にかける愛情を少しずつ削っていったわ。豪華な料理が並べられることもなくなったけど、彼女にはそれで丁度良かったの。
 だけどね、なにかおかしいことに少女は気づくの。魔女をいくら倒しても減ることはなく、次から次へと現れる。
 彼女の他にも魔法少女はいるはずなのに。そう考えた少女は町の外へと繰り出したの。
 たまたま運が良かったのね。いや、悪かったのかしら。少女は、自分の持つものと同じような宝石を手にした女の子を見つけたわ。でも、それは少女のものとは比べ物にならないほどに薄汚れていた。
 彼女がどうなったか……、もうわかるでしょう。
 少女は、自分達が戦っている相手が何なのかを知って恐れたわ。発狂寸前まで心を病んで、しばらく魔女とは戦おうとはしなかった。
 でも、そうするとね。どんどん魂石が穢れていくの。今まで集めた嘆きの種で取り除こうとしたけど、最近手に入れた一個しかなかった。
 残りは全てキュゥべえが処分してしまった。その身体の中にね。
 いやおう無しにわたしは戦った。魔女を倒すたびに魂石の穢れを取り除いていった。何度も、何度も……

     *

「でもね、それはもう、意味がないことがわかったの。単なる時間かせぎだったってこと」
 少女は、サクラは自らの魂石を取り出して見せました。それは、今にも枯れ落ちそうな銀杏の葉を連想させる、くすんだ黄色。ほんのわずかですが、刻々と黒い霧が底から浸食していく様子がわかりました。
「そんな折にあなたは現れた。魔女を狩るということが、どういうことか分かったでしょう。あなたはわたしに似ている。一心不乱に魔女を相手していた頃のわたしに。でも、戦い続けても、意味はないの。だから――」
「一緒に……」
 シズカは閉じていた口を開きました。静かに、その両手をサクラの背にまわしました。昔、母がしてくれたように、彼女は魔法少女と魔女の境にいる少女を抱きしめました。
「一緒に戦おう」
 震えながら言います。突然のことですから、サクラは戸惑います。
「そんなに簡単に諦めちゃ、だめだよ。わたしも一緒に、種を集めて……そうすれば」
「延命処理にしかならないわ。いずれは」
 サクラは自分の末路を想像し、やめました。
「もう、この宝石を砕くしか方法はないのよ」
「だめだよ。そんなに簡単に言わないで。じゃあ、どうして震えているの」
 身を寄せ合い、体温を、吐息を、鼓動を間近で感じ、シズカはサクラが恐れていることを知りました。
 そして、シズカは抱きしめた少女を、この世で一番愛おしいと感じていました。いつのまにか記憶の底から抜け落ちてしまっていた誰かに、サクラを当てはめていたのかもしれません。
 
 シズカがサクラを抱きしめる間、サクラの魂石がほのかに光っているのに二人は気づきました。二人は離れ、あたりを見渡します。といっても、魔女が現れる気配はありません。淡い光は消えてしまいました。何事かと、魂石を見れば、なんと穢れがわずかに薄くなっていたのです。
 もしや、とサクラはシズカの手に触れてみました。すると灯篭の灯りのように、ほのかな光を放ったのです。手を離すと、またかすかに、魂石の黒い霧は薄くなりました。そこに二人は希望を見出しました。共にいれば、触れ合えば、穢れを溜め込むことはないのでは。共に戦う恰好の理由を得たのです。
 こうして、世にも珍しい魔法少女二人組が誕生することになりました。
 時を問わず、魔女が現れれば真っ先に向かい、最小限の労力で下しました。
 手に入れた嘆きの種は貯められるだけ貯め、キュゥべえに渡すことはしませんでした。
 魔女を倒した二人は、いつもサクラの部屋で一緒に過ごしました。いつしか寒風吹き荒れる季節となり、あの廃寺はこたえたのです。
 シズカは、子が母に甘えるように、サクラは子をいとおしむ母のように。触れ合うその時間がなによりの幸福でした。
 シズカは言わずもがな。サクラは、穢れを取り除くにはこの娘でなくてはならないと確信していました。
 シズカと共にいると、不思議な気持になりました。心が満たされて、洗われて……きっとこれが好きということなのだと、深窓の佳人ははじめて知ったのです。
 他の魔女を狩るということは、同族を狩ることに等しいことです。はじめはそのことに抵抗を覚えていたサクラでしたが、今は傍にいる少女のことしか案ずることができなくなっていました。
 何度も何度もこうして過ごして、時は冬と変わり。とある夜、初雪が窓の外より、黒き屏風を背景に舞い踊るのが見えました。
 眠るのは大抵シズカが先です。すやすやと心地よい寝息をたてています。
 サクラはそっと顔を近づけました。
 心からこみ上げる気持は止め処なくあふれ、
 抑えがたく、
 そして、シズカの赤い花びらは、
 桜色の花びらと重なりました。
「いつまでも、一緒にいましょう」
 シズカが寝言で「うん」とこたえました。
 クスクスと笑い、サクラは彼女の手を優しく包み込み、自らも眠りにつきました。
 邪魔な動物は姿を見せることはなくなりました。使用人も、夜は用心棒のみに番をまかし、見回りもありません。
 サクラは、この幸せな日々がいつまでも続くことを信じて疑いませんでした。

 さて、その頃のキュゥべえですが……
 数日前の、サクラの家でのことです。彼はとある使用人の元を訪れていました。
 歳はシズカと同じくらいの若い娘。彼女はサクラの付き人兼お目付け役を任されていました。名を小夜といいます。
 いつものようにキュゥべえは彼女に契約を持ちかけていました。
「あのシズカって人も魔法少女なんだよね。あたし、あの子嫌いなの。桜子様はあたしのものなのに。あの方、とっても優しいのよ」
 少女はうっとりと眼を細めて言いました。
 彼女の家は、大きな借金を背負い、娘を手放さざるを得ませんでした。
 仕事の覚えが悪く、この家に勤めてから常に疎外感を感じており……そんな彼女に優しくしてくれた、たった一人の人。それが桜子嬢だったのです。
 しょっちゅう家からいなくなり、言動も粗暴になることが多くなり。そしてなによりも、許婚がことごとく亡くなっては、気味悪がられるのも道理というものです。
 問題児である桜子嬢のお目付け役を、半ば押し付けられる形で彼女が担うことになりました。
「まるで天の使いのように穏やかで、あのお方を粗暴となじるなんて、そんなやつみんな消えてしまえば良いのだわ。ああ、桜子様。あたしはあなたを愛していたのに、それなのに、どうして……」
 彼女は夜な夜なこっそりと桜子嬢の部屋に近寄り、眠りにつくまでの間、ただ物音を聞いていました。愛しいこの想いを告げられぬ歯がゆさに浸っていたのです。このもどかしき想い、それはまた、彼女にとってこの上ない悦楽でもありました。身分を越えた愛、同性同士の叶えられぬ願い。そう、悲劇の女主人公の役に、少女は自らをあてはめていたのです。
 そこに現れたのがシズカでした。
「ああ、お嬢様。わたくしにその想いが向けば、どんなにすばらしいことか」
「それが君の願いかい」
 彼女は首を横に振り、冷ややかな笑みを浮かべました。
「いいえ、違うわ。あくまで振り向かせるのはあたしじゃないと。だから……」
 願いを告げ、キュゥべえは承諾しました。
 彼女の魂石は、深緑に灰をまぶしたような色をしていました。

 道は続いています。どこまでもどこまでも。しかしよく眼を凝らしてみると、ひびがはいり、今にも崩れ落ちそうでした。
 だましだまし繋いできた橋。その先に光はなく、闇の中をただ走り。
 落ちていく先は……
 サクラは眼を見開きました。それは夢でした。まるで自らの運命を暗示するかのような……しかし、彼女は首を振り否定します。
 毎晩シズカと肌を重ね、穢れを取り除く日々は変わり有りません。穢れが溜まるのには数日かかりましたので、それで事足りていたのです。
 ですが、心の中にあふれる黒い水は雨漏りしたときのように少しずつ降り注いでいきます。絶えず水を捨てても、ふと目を離した途端に満ちていったのです。ポツポツと何かの時を刻むかのごとく。
 この日々は長くは続かない。それでもサクラは、出来うる限り生きようと心に誓っていました。大切な人ができてしまったのですから。
 口付けを交わすと雨が止みます。肌に触れると、それが身体の深くになるほどに心は晴れていきます。しかし、すぐに雲が覆ってしまうのです。
 サクラとシズカの行為はより激しく、頻度も増していきました。

 その日は雨が降っていました。空が怒っているのか、あちこちで稲光が走り、耳をつんざくような音が鳴り響きます。
 サクラの部屋に近寄る者は付き人の小夜くらいで、最近はそれも、食事時のみとなっていました。
 よほど続かない限り、雨の日には魔女討伐もおやすみです。もはや嘆きの種は穢れを吸い取ることがほとんどできなくなっていたのです。ですから、こんな日は使える限りの時間を、二人で肌を重ねあうことに費やしました。声がもれる心配も、この悪天候ではありません。
 食事が襖の奥で置かれるとき。そのときだけ部屋は沈黙に包まれます。
 絶えず触れ、体温を感じ、鼓動を聞き、喘ぎ声をあげて……
 求めて求めて……離れては壊れてしまう。
 共にいることは、既に呼吸をすることと同じく、必要不可欠となっていました。
 ですが、屋敷の人間はそのようなこと、知るよしもありません。
 木の床がきしむ音は、雨音にかき消され二人に届くことはありませんでした。近寄る者が久しくないと、はじめはあった警戒の心も薄れに薄れていました。
 突如、襖が音もなく開きました。
 叫び声が上がりました。
 衣服も着ずに抱き合う二人が、何が起きたのかを察したときには、何もかもが手遅れでした。
 お嬢様が、見知らぬ女と裸で抱き合っていた。閃光が走るかのごとく、その報は屋敷中まで伝わりました。
 衣服をかき集め魂石を手にした頃には、人は集い、傾れを打ち、追い払う間もありませんでした。
 屋敷の人々は皆、眼がうつろでした。まるで使い魔に操られた人のように。示し合わせたとしか考えられないほどに、彼らの行動は迅速でした。
 怒号が響き、二人は互いの名を呼び合いますが、引き離され、雷鳴がかきけし、やがて聞こえなくなりました。
 サクラは囚われの身となり、シズカは豪雨降り止まぬ屋外に放り出されました。
 引き裂かれてはいけない二人が引き裂かれてしまったのです。
 やがて若葉芽吹き花咲く季節。しかしシズカはしおれた花のように、うなだれ嘆き……その声を聞きとめるものは誰もいません。
 サクラ、サクラと呪文のように呟きながら、袂を袴を揺らし、黒き刀をその手に、シズカは屋敷へと踵を返します。
 ――来ては駄目。
 心に語りかけるはサクラの声。ですがシズカに引き下がる気はありませんでした。
 烈火のごとく走り抜ける彼女をとめることのできる人間は、誰一人といませんでした。

 サクラが連れてこられたのは屋敷の奥。迷路のように入り組んだ廊下の最果てにある木組みの牢屋でした。いつものサクラなら斬ることなど容易。幸いなことに魂石は奪われませんでしたので、すぐさま長巻を振るおうとしました。
 ですが、そのときサクラの胸を貫くような痛みが走りました。それは焼け付くような痛みに変わり、彼女は魔力を使うことができません。魂石を見るとひびが入ってました。暁の空のような鮮やかな黄は、今にも黒き闇に沈もうとしていました。
 来ては駄目。
 サクラは心の中で離れ離れになってしまったシズカに語りかけます。
 静かに、確実に、心の中に夜が広がっていくのが分かります。サクラは長らくこの気持の正体に気づきませんでした。しかし今ならしかとわかります……
 崩れ落ち、胸が張り裂けんばかりの苦しみが彼女を襲いました。
「お嬢様」
 と、牢の外で声がしました。サクラは痛みに耐え、胸をおさえながら振り向きます。そこにいたのは使用人の小夜でした。
「助けに、来てくれたの?」
 彼女はいつもサクラのことを慕っていました。一筋の希望を見出し、胸の痛みも少しだけ和らいだような気がしました。
 しかし、小夜のこたえはサクラを再び絶望の淵に突き落としました。
「もう少しお待ちください。あの侵入者を討たねばなりませんから」
「シズカが……」
 たとえシズカでも、この牢を見つけ出すには早くても一刻(約三十分)を要します。その間、サクラは耐えていることはできないでしょう。
 まるでその様子を楽しむように、小夜はふところから何かを取り出しました。
「…………!?」
 サクラは声を失いました。彼女が取り出したのは、見まがうはずはない、魂石。しかし、禍々しい闇に飲まれており、緑色の泡が苦しそうに浮かんでいました。
「お嬢様とおそろいですね。わたくし、前々からお慕い申し上げておりましたわ。お嬢様のことを考えると夜も眠れませんでした。いつも優しくしてくださって、大好きで……」
 涙ぐみながら小夜は続けます。
「あの娘がいなければ。わたくしだけの桜子お嬢様をひとりじめにできたのに」
 歯噛みする小夜に、サクラは「小夜……」と囁くことしかできませんでした。
「おそらくわたくしはもう、ここにもどることはないでしょう。いくら力があったって叶うことはないんです。最後にお嬢様とお会いできて幸せでした。ごめんなさい。もう止められないんです。心の底から沸き上がる想いに抗えないんです。そういう、ものなんでしょうね……わたくしたちって」
 さようなら、と最後に告げ、小夜は壁にしか見えない仕掛け扉を回して去っていきました。
 シズカを殺さないで、と叫ぶことはできません。シズカには、おそらく小夜は相手にすらなりません。
 彼女は迎えにくるでしょう。ですが、間に合わないことは目に見えています。
 真っ暗闇に染まろうとする魂石を、サクラは手にしました。せめてこの身のままに果てたい。彼女は床に思い切りそれを叩きつけます。
 ですが、魂石は硬い種のようにびくともしませんでした。
「死ぬことも許されないのね」
 刻々とその時は迫ります。
 ああ、今小夜が変わり果ててしまった。でも、なんて弱弱しい力。
 サクラの心は闇に埋もれていきます。首を横に振れど、抑え込もうとしても、吹き上げるように想いはこみ上げてきます。
 小夜が、わたしたちが引き離れることを願ったんだ。
 憎い、恨めしい。
 こんな家に生まれなければ、
 普通の家に、幸せに過ごせれば、
 幸せな誰もかもに向けた想いは、おそらくは嫉妬。
 そしてシズカ……
 だめ、考えては駄目。
 シズカと、出会わなければなんて……
「たす……けて」
 涙の粒が、黒い宝石に吸い込まれるように落ちていきました。

 陽は沈み、稲光のみが自然の灯りとなり。しかしその光も屋敷の入り組んだ廊下には届くことはありませんでした。自分の足元すら見えぬほどの暗闇に、押し寄せる人の波も引き。シズカは手探りで、サクラの気配だけを頼りにひた走りました。彼女の最後の呼びかけにより、位置は割れていました。
 一刻も早くサクラのもとへ行かねば。シズカの心は言い知れぬほどの不安に押しつぶされそうでした。焦りに加え、この暗闇の迷路。何度も何度も土の壁に頭をぶつけ、額から血が流れるのを感じました。ですが、身体の痛みなど、サクラのことを想えばなんてことはありません。
 サクラの気配がしだいに濃くなっていきます。間に合うかもしれない。とかすかな望みが芽生えました。
 やがて、黒い闇の底がほのかに明るくなりました。光はシズクより生じていました。まさか、と思いながら魂石を取り出すと、それは朝焼けのような光を灯していました。
 灯りは徐々に強くなっていきます。魔女が近づいているのです。
 シズカは走ります。そんなはずはない。嘘だ、嘘だと叫びながら。
 彼女の足は不意に止まりました。異空間ではありません。だとしたら魔女はまだ現れていないはず。
 しかし、足元を何者かがつかんでいます。縄で思い切り締めつけられるように、足を払おうとしてもびくともしません。
 足元より生ずる気配は魔女そのもの。魂石の輝きより察するに、疑いようはありません。
 シズカを捕らえているもの。それは人の手でした。まるで花でも咲いたように、何もないところから石の色をした……
 シズカはそれを斬り払います。
 金属を切るような、鋭く甲高い断末魔の叫びと共に、黒い血を噴出し、手は地面に引っ込みました。
「魔女……だよね」
 数え切れないほどの魔女を斬り伏せてきたきたシズクが違和感を覚えるのは無理もありません。異空間もつくらず、そしてなによりも、刀を振るった際の手ごたえのなさ。力なき魔女は、しかし湧くように現れてきました。白い手、赤い手、青い手……極彩色の手は花畑のように床を占め、斬っても斬っても果てがありませんでした。
 サクラではありません。第六感が、この向こうにサクラがいることを今も告げています。
「お願い、どいて!」
 ですが、魔女にはばまれ、なかなか前に進めません。捕らえる手はとてつもない力、それでも身体を傷つけるほどではありません。まるでシズカを足止めするためだけに現れたかのようでした。
『もうあきらめた方が良いんじゃないのかな』
 脳裏に語りかける声がありました。久しく聞いていなかったキュゥべえの声です。
『あなたの、差し金なの?』
 足元をなぎ払い進みながら、同じように彼に尋ねます。
『誤解しないで欲しいな。僕はただいつものように彼女と契約しただけだ。まさか、こんなに早く魔女になってしまうなんてね。一つも種を集めてくれないなんて、こちらとしてはがっかりだよ』
 白々しくキュゥべえは続けます。
『その魔女は君一人じゃ手に負えないよ。いや、いま目の前にしてるのじゃない。君がサク――』
「五月蠅い!」
 シズカは数十本の刀を生み出し、暴れさせました。かまいたちのごとく、次々に手は細切れになります。
 それでも、手の海は沸き生まれ、行く手をはばみます。
「邪魔をするな!」
 赤き縁の眼鏡の奥より鋭い視線を浴びせます。すると、その射るがごとく細めた眼に、おびえるように震えた一つの手がありました。
 迷いなく、その一つの手を、シズカが投じた刀が突き刺しました。
 甲高い悲鳴が響き、人のものと同じ色の血が吹き上がります。潮が引くかのように手の大群は床に沈んでいきました。
 残された嘆きの種。シズカは胸の魂石にあて、穢れを取り除きます。
 ――たす……けて。
 心の中にサクラの声が響きます。今にも消え入りそうな声でした。
 その声を最後に、サクラの気配は消えてしまいました。
「サクラっ!」
 泣き、叫び、シズカは走りました。
 魂石が無慈悲にも輝いていました。それは美しき夕焼のごとく……

 そこは、まるで海の底にいるみたいに真っ暗な世界でした。
 夜になったのかなと天を見上げても、星明かりも、月明かりもありません。
 代わりにひとひらの桜の花びらが落ちてきました。ひらひらと、風の無い宙をくるくると。
 すぐに一枚は二枚となり、奥より出ずる薄赤の花弁は、やがて吹雪のように吹き寄せてきました。
 舞い、踊り、ゆっくりゆっくりと、地に触れるのを恐れるように桜は散っていきます。
 前が見えないほどの花弁の渦。かき分けるように進むと、それは突如途絶えました。
 目の前には、幾本もの桜が黒い土の上に凜と立ち並んでいました。木々はほのかな明かりを灯しています。よく見ると一本一本に提灯が吊るされているのがわかりました。進むにつれ光は密度を増していきます。シズカが幼い頃に行った春祭りの光景と似ていました。違うのは人が誰もいないことだけ。花散らす大きな彼らだけが連なり立ちて、無言でおいでおいでしていました。
 その光景に、いえ、脳裏に浮かぶ過去の情景にどこか違和感を覚えながらも、シズカは前へ前へ進みました。
 もうサクラを呼びかけることはしません。サクラが戻れることのできぬ闇の底に飲まれたのなら、自らの手でその命を絶ってやりたい。救ってやりたいと思ったのです。
 使い魔は現れませんでした。
 不気味なほどの静寂が、桜色の世界を包み込んでいました。
 走りは自然と歩みとなります。
 黒い天井は、今は桜の花弁に支配され、ここが異空間でなければ、シズカはこんなにも美しい光景を見たことがありません。
 見とれそうになりながらも、彼女は気を引き締めます。魔女の気配が少しずつ濃くなってきたからです。
 ――シズカ
 幻聴でしょうか。シズカを呼ぶ声がありました。しかしそれはサクラの声ではありません。
「シズカ」
 今度ははっきりと聞き取れました。ですが、また別の女の人の声です。シズカが「誰?」と呼ぼうとすると、
「しずか」「シズカ!」「シズカ?」「シ……ズ、カ」
 何人もの声が反響するように重なり、不協和音を奏で、シズカは耳をふさぎました。ですが、頭の中に直接流れ込んでくるような声は止むことはありません。
 豪雨のように降り注ぐ声は、叫び、嘆き、うめき、あまりもの苦しみをたたえ、頭が破裂しそうなほどでした。声音に違いはあれど、シズカの名を呼ぶことに変わりはありません。
 そのなかに、
「シズカ……」
 聴きなれた声が混じりました。サクラの優しく透き通った声音。
 心の蔵を揺り動かされたような気持で、シズカは再び走り出しました。それは矢のごとく。桜を花を散らす風となりて、一心不乱に、ただ一人を目指し駆け抜けました。
 サクラはそこにはいませんでした。いや、あるいは他の誰かなら、そこにいるじゃないかと正したでしょう。
 巨大な桜の木が笠のように枝を張り巡らしていました。いつのまにか四方八方を隙間なく桜の木が占め、逃げ出すことはできません。
 山脈のようにしわをたたえた老木の前、そこに彼女は立っていました。
 誰かの手に支えられ、首は垂れ、瞼は閉じ。蒼ざめた顔には、生命が宿されていた名残がわずかに感じられるだけでした。
 サクラの抜けがらを支える誰かは、見たこともない女の人。長く艶やかな黒髪をたなびかせ、面には、少女とはいえない歳ながらも、ほのかにその面影を残しています。優しく微笑む彼女を見ていると、なぜかシズカは懐かしい気分に襲われました。
「こんにちは、この子はわたしの友達よ。ほら、あいさつなさい」
 彼女は今言葉を覚えたみたいな口調で言いました。そして、「こんにちは」と人形遊びをするよあのように抱えていたサクラの抜けがらの、その首を下げました。
 しかし、その声音は紛れもない、サクラのものでした。
「こらっ。挨拶は」
 彼女は急に大人びた口調で咎めました。
 そのとき、シズカは頭の中を閃光が走るのを感じました。
 消えていたはずの記憶の断片。
 忘れたはずなのに知っている。
 彼女は、かつてのシズカの師。寺子屋の先生だったのです。
「あなたは誰を探しているの? この子かしら?」
 先生の姿をした彼女は、先生の声で尋ねます。
「でもあたし、死んでるよ」
 サクラの口を手で動かし、彼女はサクラの声で言います。
「やめて!」
 遊戯でもするかのように繰り広げられる光景に、シズカは眼を閉じ叫びます。首を振り、聞きとめたのか否か、つかの間、静寂が降りました。
 沈黙を切り裂いたのは、また違う声でした。
「どうしたの? そんなに怖い顔をして」
 なぜでしょう、なぜその声が分かるのでしょう。
 閉じていた瞼を開き、目の前に立つ女性を見て、なぜ誰だかわかるのでしょう。
 彼女が、母であると……
 穏やかな笑みにしなやかな声。
 懐かしくてたまらなくなり、シズカはいますぐにも傍にいって抱きしめられたい衝動に襲われました。しかし、理性は必死にそれを押し留めます。
 目の前にいるのは恐ろしき魔女に違いないからです。魔女が幻影で惑わしているのだ。シズカはそう自分に言い聞かせ、甘い誘惑に耐えようとしました。ですが、刀は手の内から動かすことが出来ません。
「ほら、こっちにいらっしゃい」
「あなたは、おかっつぁんじゃない」
「では、誰だというの? 実の母の姿を忘れるなんて」
「ひどい子ねえ」
 サクラの声で母の声を繋ぎ言いました。
 紛れもない、間違えようのない、母のなでるような声音。
 シズカは胸を抉られるような思いがしました。
 封じ込めたはずの記憶を無理矢理掘り起こされて、突きつけられたのです。急に押し寄せる思いの奔流。それは、母と過ごした、優しく温かく、微笑ましい、愛おしくてたまらない日々。
 しかし、同時に脳裏に浮かんだのは、母を失った、あの忌々しい出来事。二度母の血を見、死の際を見たあの映像を、閃光のように思い出し、シズカは頭を抱えました。
 思い出すたびに記憶は抜け落ちていきます。ですが、すぐに目の前の母の姿を見るたびに、「シズカ、何を恐れているの?」と呼びかける声を聞くたびに、あの悪夢が蘇ってきたのです。
 母の手が首が断たれ、大勢の人に殴り斬られ、鮮やかな赤い花が咲き……
 今にも心が壊れてしまいそうでした。
 それを止めるためには……
 あれは母ではない。
 サクラではない。
 シズカは刀を構えます。
 目の前にいるのは、幻で、
「うあぁぁぁっっ!」
 眼を閉じ、ただ魔女の気配だけを頼りに、刀を振り下ろしました。
 その結果がどうなるか、平時の彼女なら気づいたかもしれません。意志を持った魔女、敵う当てのない魔女を、そうやすやすと葬れるはずはないと。
 心が動転し、確かな手ごたえに、その違和感に気づいたときには、誰かの抜け殻は、その身体は二つに裂かれ、赤い液体が噴出し、唇に触れたそれは鉄の味がして……
 サクラではない
 サクラじゃない
 わたしが斬ったのは
 けっして
 サクラナンカジャ
「やっと……会えたね」
 なぜなら、赤い水の幕の向こうにいるのですから。
 満開の桜の地、艶やかな十二単を身にまといし少女は、シズカの腹心の友は、天使のような微笑を浮かべていました。

 桜はなおも雪のように積もり、花びらの雪原に足がうずもれてしまうほどでした。寝転がったらさぞ気持の良いことでしょう。
 薄い赤に染められた、冷たくない雪の片。花弁は蝶のように舞い、役者のように踊り。数えれば果てない桜花の渦の中、サクラはまた、その衣にさえ桜を散らし、立っていました。
 サクラであった抜け殻は、花の雪に埋もれ消えてしまいました。
 シズカにとって、そんなことなど、些細なことでしかありませんでした。
「サクラ……。そこにいるのは、サクラだよね」
 生気のこもった艶のある肌、新雪の色の長い髪は風に揺られ、たとえ身を寄せなくても、そのまといし空気、匂いが、心より愛した彼女であることをシズカに知らしてくれました。
 ですが、彼女は薄く笑い言いました。
「ええ、そうよ。あなたのせいで魔女になったけれど」
「え……」
 シズカは絶句しました。構わずサクラはつづけて言います。
「わたし、魔女になったからあなたを殺さないといけないの。いいわよね。あなたはそれを承知でここまで来たのでしょう。わたしが元に戻ることはないって」
 どこか嘲笑にも似た微笑みを彼女は浮かべました。
「あなたはなんでわたしと一緒にいようとしたの? もっと早く魂石を壊せば、楽なまま終わることが出来たのに。なんで? なんであなたはわたしを助けようとしたの? あれっ? もしかしてここにきたのも、助けにくるため? 無理よ。無駄よ。あなたはわたしに殺されるの。そして今度はたくさん、たぁくさんの人を殺すの。あなたがいなければよかったのに。あなたがいなければ、あなたがいなければ、あなたが……」
 サクラが嘆く様はそれは凄惨で、シズカは涙ぐみながら、ただ聞いていることしか出来ませんでした。
 悲しみ、憎しみ、苦しみ、妬み、辛み、嫉妬、猜疑心、疑心暗鬼、憂鬱、怨恨……ありとあらゆる負の感情の海に飲まれるようでした。
 サクラであってサクラでない。魔女に成り果てた彼女によってわたしは死ぬのだ。
 それでも構わない、とシズカは思いました。
 もう刀を持つ手にも力が入りません。だらりと腕をたれ、ほのかに口の端を曲げました。愚かな自分を嘲笑うかのように。大好きな、サクラの手によって果てるのなら、それでもいいと……
「なんで……」
 サクラの声は震えていました。
「なんで、そんな諦めたような顔をするの?」
「サクラの気がすむのなら、こんな命、いくらでもあげる」
 その一言に、一粒の雨が落ちます。桜色の雫は花びらの山に溶けて消えました。
「なんで、怖がらないの」
「怖くなんかないよ。サクラがそこにいるんだもの。前にもこんなことあったよね。サクラ……さっきからずっと震えてる」
「その名前で、呼ばないで。わたしは魔女で、もう……」
「無理だよ。何でも呼ぶよ。サクラ、サクラ、サクラ……」
 シズカが魔法の言葉を告げる度、サクラの眼から頬に細い河が伝い、ぽつぽつと雨を降らします。
 サクラがそこにいる。
 わたしを待っている。
 魔女になり、それでも彼女は彼女であることを忘れずにそこに……
「良かった。やっと知っている顔をしてくれたね」
 愛おしげに頬を緩め眼を細めるサクラに、シズカも軽く微笑みました。
「シズカ……」
 かすれた声に、シズカは頷きました。
「うん。サクラ……苦しかったでしょう。……今、楽にしてあげる」
 サクラの残滓は、残滓でしかありません。その名の通り、今にも儚く散り、魔女に存在を喰らい尽くされようとしています。それが、シズカにはわかりました。
 もしも、目の前にいるのが魔女であるのならば、その命を捧げたでしょう。
 ですが、彼女がサクラであり、サクラでなくなろうとしているのならば……
 シズカは刀を構え、その切っ先をサクラに向けます。
 子供を抱きしめようとする母親のように、サクラは手を広げました。
 花弁の海を走り、二人の距離が近づきます。
 その間、シズカはサクラと過ごした日々を思い出していました。サクラも同じように思っていたのかもしれません。
 回り灯籠のように次々と、短い間だったけど愛おしい日々を……
 シズカの悲痛に歪めた顔は、涙でさらにぐしゃぐしゃになっていました。
 刀は厚い衣の中に沈み込み、そこを中心として赤く滲んでいきました。
 シズカは柄から手を離し、思い切りサクラを抱き締めました。
 何度そうしたかわかりません。
 今までで一番強く、その手から逃がさないとでもいうかのように強く、強く。
 サクラも、シズカの背に手をまわし、包み込むように抱き締めました。
「あたた……かい……」
 囁くほどの声でサクラは言いました。
 今にも掻き消えてしまいそうな声に、シズカはただ「うん」と答えました。
「もうすこしだけ、……こう……していて」
「うん」
「あなたと会えて……よか、った」
「うん」
「シズカ………………」
 眠るようにサクラは眼を閉じました。
 眼の前が涙に滲んでよく見えません。
 桜色の天井が花を散らすように崩れていき、今にも彼女が果てようとしているのがわかりました。
 一生分の桜は、今、命の灯を消そうとしていました。
 そして、桜の名を関す少女もまた。
 シズカは、その儚さを憂うように、
 これから抱くであろう、千の愛おしきこの想いを、
 その全てを注ぎ込むがごとく、
 静かに、その唇に、自らの唇を重ねました。

 魔女に捕らえられしその魂は、
 桜となりて解き放たれ、
 幾多の花弁は、
 それは見事に空を舞ったそうな。

 かの舞いが奏でしは、
 悲しみの調べか、
 はたまた、幸ありし日の恩か、
 その意を知るものは、
 シズカをおいて誰一人としていませんでした。

   * * *

 星が綺麗な夜だった。確かあの日、嵐が去ったあとの空も、同じように天にちりばめた星たちが必死に明かりを届けようとしてくれた。今は、街灯の明かりがその役を譲り受け、満天の星空とはいかない。それでも、今もあそこで光るのは、かつて見上げたものと同じ空。
 そして、薄い赤の花弁をひらひらと散らす桜の木も。それは最後に彼女と、サクラと共にいたときに散っていた花の色と似ていた。
 不思議と、サクラと過ごした日々だけは記憶から抜け落ちることはなかった。あまりに幸せで苦しい。しかしながら、心に刻まれたのは、締め付けられたあとのような傷ではない。それは、今も淡くくすぶりつづける炎による傷痕。温かく消えることのない。
 魂石には、今も焼け焦げたような跡が一点を占めている。黒煙のように黒く湧きあがる穢れは、たちまちのうちに消え去った。さりとて消えぬその点は、おそらくはサクラの記憶が刻まれた証。
「私はいつ魔女になるのかな」
 魔女を断ち、穢れを溜め込んだ端から蒸発してしまう私には、そんな未来、想像できないけれど。
「君はもしかしたら、魔女になる定めを持たないたった一人の魔法少女なのかもしれない」
 キュゥべえの口調は、童話でも言い聞かせるようだった。
「僕の理想では、魔女になるに越したことはないけれど、君のように、その後始末をしてくれる魔法少女もある程度いてもらわないと」
 しかし、自分が戦い続ける理由は、彼らのためでは決してない。
「もちろん、君が望むならいつでも辞めることはできるよ。簡単なことさ。そのほくろのついた赤い宝石を砕けばいい」
「それはできない」
「サクラはもういないよ」
「それでも……」
 それでも、私の中に彼女は生き続けているのだから。
 黒い点となって、その小さな灯を絶やさぬために、私は戦い続ける。
 桜は散ると大地に落ちる。来年になればまた新しく花は咲くけど、それは今落ちた花と同じではない。
 では散った桜花はどこへ行くのだろう。大地に落ちたあと、おそらくその下で眠っているのだろう。
 静かに静かに。
 深く眠り、起きることは決してない。

スポンサーサイト

« メルルのアトリエ 3月のライオン、マンガ大賞2011大賞おめでとう »

- Comments
0 Comments
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
- Trackbacks
0 Trackbacks


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)







書店案内

樹

似非店員:樹
百合と眼鏡が好きな人です。
日本語、和風なものも大好物。
掲載しているものは、主に百合もの、ファンタジー小説となっております。
リンクはフリーです。

pixiv.gif hktatsukiをフォローしましょう
最新記事
御品書
来訪者
御贔屓様方
検索欄
看板
泡沫書店 GLS 駄文同盟.com にほんブログ村 小説ブログ 百合小説へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。