旅のカケラ 黒の旅人

03 05, 2011 | Posted in 旅のカケラ | Thema 小説・文学 » 自作連載小説

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 時系列バラバラなのは相変わらずですが、どこから読んでも大丈夫といううたい文句は消えてるような気がいたします。『雨宮骨董品店』の「セツの指輪」とも関連しておりますので、よろしければそちらもあわせてどうぞ。



旅のカケラ
~黒の旅人~


「誰も来ない」
 古ぼけた店の中で。少女のぼやく声がした。といっても、声がするところに少女の姿はない。天井まで届こうかという高い棚、その一部に人形を飾る棚があった。ほとんどの人形はほこりにまみれていたが、一体だけ長い黒髪をたなびかす新品同様の人形があった。
 紺の地の振袖には満開の桜咲き、臙脂(えんじ)の帯が結ばれている。髪飾りは、鍍金(めっき)された真鍮。端正な顔立ちの、その一体だけが明らかに他の人形とは趣を異にしていた。
「暇かい」
 帳場の奥の椅子に腰かけた女店主が、これまた古ぼけた本を手に問うた。人形は口を開く。
「暇だったけど……誰かくるみたい」
 まるで小さな少女が喋ってるかのように、その口の動きは自然だった。
「お客か。どんなやつかわかるかい」
「ううん、心の中に靄(もや)が漂ってるみたいでよくわからない。鈴音のよう」
「誰の心が薄汚れてるって?」
 少女は楽しそうに微笑んだ。
「あら、間違っていて?」
「言うようになったねぇ、アン……いや、いまはミヤビだったね」
「…………」
「ん、来たか」
 ミヤビと呼ばれた人形が押し黙ったのを訝り、鈴音はいつの間にか開かれていた入口の方を見やった。立て付けの悪い引き戸は、音を立てることはなかった。鈴音一人だったら、来客に気づかなかったところだろう。
「お客、……ってたたずまいじゃないな」
 そこに立っていたのは、黒い外套に身を包んだ、男とも女ともつかない端正な顔立ちの人間。黒いつば付きの帽子は、たった今買ってきたかのよう。だが、その身なりは嵐に襲われたあとのようにボロボロだった。服はあちこちが破れており、一部肌が覗いていた。
 黒い肌だった。
 帽子を取り、背嚢にかけ現れたのは短い黒髪。整えれば黒曜石のように艶やかだろうに、今はまるでくすんだ石炭のようだった。
「ここに迷い込んだってことは、なにかしらお探し物があるはずだ。どうぞ、ご自由に見て回ってもらって構わない。見ての通り、人は誰もおらなんだ」
 夜を背負った人間は、無言で店内を放浪しはじめた。一つ一つ吟味するように、棚を上から下まで時間をかけて見て回る。
「何を探しているんだか」鈴音は客に聞こえないほどの声で囁くと、「あんた、名前はなんていうんだい。あたしは鈴音っていう」
「…………」
 しかし、客は鈴音を振り返り、ふるふると首を振るだけだった。視線は確かに鈴音を向いている。だが、その瞳は何も見えていないかのように虚ろだった。
「声が出せんのかい」
 また機械のように首を横に振り、客は棚に眼を向け、視線の上下運動を再開させる。
 鈴音は語るのを諦め、手にしていた本の続きを読み始めた。
 定期的にコツコツと床を叩く足音。パラパラと頁をめくる紙の音。それ以外は静寂。
 舞い散るほこりに、客は咳き込むでもなく、女店主は本の内容に感動するでもなし。
 二人の表情は、並べれば鏡に映したように似ていたかもしれない。
 と、客がようやく足を止めた。鈴音はその場所の意を悟り、本の上からこっそりと覗き見た。
「…………」
 無言で棚を仰ぎ見る客。その視線は、明らかに一体の人形に注がれていた。異国の着物に身を包んだ人形は、あくまで人形として動こうとはしない。しかし、客が矢をつがえた射手のように眼を細め長いこと見つめていると、ついに耐えかね一瞬ぶるりと震えた。
 客は笑った……ように鈴音は感じた。まばたきの次に映ったのは、相変わらずの凍った顔だった。
「君は」
 客の口がはじめて動いた。鈴音は思わず息を呑む。
「その着物。昔見た人のによく似てる。こんなに豪華じゃなかったけど。……私を見つめていたね。生きてるの?」
 最後の問いは、鈴音に向けられたものだった。女店主は口を開きかけたが、
「いまさら隠しても無駄でしょう」
 人形の声がさえぎった。
「いらっしゃい。私はミヤビ。古臭い女店主がつけた名にしては、上出来な名前でしょう」
「おいおい……」
 人形が喋るなよ、と鈴音は溜息をついた。少女は気にするでもなく、
「あなたは?」
「…………」
「別に名前なんて、そこに想いがなければただの記号。それじゃあ、今は少女その一とでも呼ばせて――」
「センリ」
 客の眼には、掻き消えていた光がわずかに灯されていた。
「そう、じゃあセンリ。わたしを連れて行きなさい」
 ミヤビの突然の申し出に、鈴音は思わず腰を抜かした。本は手から零れ、椅子が倒れ。こっけいなその様子に、しかし誰も笑う者はいなかった。

「誰がどこに行きたいって?」
「わたしがこの旅人と一緒に旅に行きたいの」
「どこに商品棚から飛び出す人形があるっていうんだい。そもそも、あんたの魂をそいついに入れたのは――」
「もう用事は済んだでしょう。存分に望みは叶ったのだから。わたし、こんなせまっ苦しい部屋耐えられない」
「あの……」
 自分を挟み言い争う二人に、センリが口を挟む。
「私、お金を持っていません」
「あら、丁度良かった。今タダになったところよ」
「勝手に決めるな!」鈴音が嘆くように言った。そしてうめくような声をあげながら逡巡すると、「ああもう、わかったよ。いくら止めたって飛び出しちまうだろうし」
「鈴音は物分りがいいわね」
「はいはい、そいつぁどうも。あんた、その姿になって性格変わってないかい? 違う人形にしとけばよかったかね」
「あら、わたしは気に入っているけど」
「…………」
 センリは何も語らず、二人の会話を聞いていた。しばらく人形と女店主の掛け合いが続き、やっとこさ鈴音はセンリに気をとめた。
「ああ、すまん。無駄に話し込んでしまったようだね」
「鈴音が聞き分け悪いから」
 鈴音は無視し、興味深げに尋ねた。
「あんた、なんでこの店に来た」
「呼ばれたような気がして……」
 返ってきたのは弱弱しく今にも消え入りそうな声。そして、センリはちらりと鈴音を見て、「似てる……」と独り言のように言った。
「似てる? 誰に」
「キノ……」
「キノ? 誰だい、そいつは?」
 首を振り「なんでもない」とセンリはうつむいた。
 鈴音は押し黙り、考え込むように頬杖をついた。
 沈黙が降りた。
 柱時計の振り子の音だけが、カチカチと、時が流れていることを告げていた。
 静かだった店内はさらに静まり、
 やがて、
 くすくすと笑う声がした。
「あなた、一人ぼっちなのね」
 センリは虚ろなまなざしで、声の主を見つめた。
 血の通わない少女は続ける。
「大切な人でもなくしたようね。その帽子は、さながら形見といったところかしら」
「…………」
「あら、図星?」
「おい!」
 鈴音が咎めるように声をあげるが、ミヤビは語るのをやめない。
「あなた、今にも死にそうな人の眼をしている。それも、自ら命を絶つ、愚かな人間の眼。でも、あなたは死ねない」
「…………?」
「その身体、もってあと二・三年といったところかしらね。だけど、それまではいくら弾丸を打ち込まれても、火にあぶられても死ぬことはないわ。海に沈んでも、崖から落ちて身を砕かれても、剣で切り刻まれたとしても、蘇り蘇り……まるでゾンビみたいにね」
 黒い客の虚ろな眼は、見開かれ、表情はゆがみ、……しかし何も言うことはできなかった。
「ずいぶんとたちの悪い鬼さんだこと。あ、これは鈴音が前に話してくれた鬼ごっこの話」
「そんな話した覚えは」
「あら、じゃあこの器から自然に流れ込んできたのね。不思議ねぇ」
「あなたは……」
「二の句が継げないのなら黙りなさい。そして、自分と同じ境遇とも思わないことね。あなたは、まだ身体があるだけましなのだから」
「…………」
「おいおい、勝手に話をすすめるな。何の話だ、いったい」
 鈴音が、眼鏡の奥から細めた眼で二人を見つめていた。
「あら、鈴音さん。悪魔って知らない?」
 その言葉に、女店主は急に口を閉ざす。そして大きな溜息をひとつついた。
「持っていきな」
「いいの?」
 突然態度を変えた鈴音にセンリが尋ねる。
「金にがめつい鈴音さんが、珍しいこともあるものね」
「あんたがその名前をさっさと言わないからだ! 放っといたらこちらまで被害がでかねん。……そうだ」
 何を思いついたのか、鈴音は帳場の奥をあさりはじめた。
「たしか、魔女の話では――」
「魔女を知ってるの?」
 彼女の呟きにセンリがはっとして尋ねる。
「うちのお得意さんだよ」鈴音はあさりがてら、「よく珍しいものを見つけては持ってきてくれる。そのたびに土産話もしてくれてねぇ」
 そして何かを探し当てた。
「悪魔っていえば、あの魔女でさえ手におえないって言っていた。しばらくは眠っていたというが……」
「あの変なおっさんでさえもね」
「せめておじさん、もしくは情報屋と呼んでやれ」
「情報屋……」
 センリが囁いた。鈴音は帳場の向こうから、
「魔女に会ったってことは、そいつも知ってるってことか」
 言って手にしていたものを投げた。放物線を描き、センリの手に落ちる。踊らせながらも、なんとか落ち着かせ、客は白い布の包みを解いた。中から現れたそれは、黒い縁で囲まれた二つの丸い硝子。耳掛けがついており、鈴音が掛けているものとよく似ていた。
「度は入っていない。鏡は魔を寄せぬ力を持つからね。まあ、鏡ったって名前についてるだけだけどね。餞別にもってきな。それに、そいつには魔女が変な術をかけたって話だ」
「変な?」
「ええと、……すまん、忘れた。確か良い効果が……。と・に・か・く! 掛けておいて損はないはずだ。そのうるさい人形は持っていきな。客じゃないやつと、商品にならんやつにいられても困るんだ」
「あら、素直じゃないこと。あなたを見捨てて置けない、だから助けてあげたいの、って言えばいいのに」
 ミヤビがくすくすと笑った。それに相手をすることなく、鈴音はセンリを背に、ハエでも払うかのように手を振った。そしてただ一言、
「行きな」
 と言うと、店の奥に消えてしまった。
 センリは礼を言い、人形の手を取ろうとしたが、
「一人で降りられる」
 とミヤビはその手を払った。彼女は棚から飛び降り、「あ痛」と、思い切り転んだ。まったく掃除していないのが禍して、噴煙の中に入り込んだみたいにほこりが舞った。
 ほこりまみれになった人形を払いながら、センリはうっすらと笑んだ。自分でも気づけないほどの笑みを、しかしミヤビはしかと見つめ、「ふぅん」と意味深な声をあげた。
 払ってもこびりついたほこりは落ちないらしく、センリは諦め店を出る。最後に店を振り返り、誰もいない店内に向けて一礼した。
 無言の返答を聞き、立て付けの悪い戸を閉める。
「かけてみなさいな」
 ミヤビがセンリを仰ぎ見て、お嬢様然に言った。
 黒い髪に外套に、靴に帽子に眼鏡が加わり、また黒尽くめが濃くなった。
「似合うかな」
「すくなくとも、鈴音よりは優しげね」
 ボロボロの漆黒の衣装に身を包んだ旅人。ほこりまみれの歩く人形。不思議な二人旅はまだはじまったばかり。


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樹

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