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ARIA SS アイの灯(前編)

01 23, 2011 | Posted in ARIA | Thema 小説・文学 » 二次創作

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久しぶりのARIA二次創作小説となります。どうしてもあの世界観を描きたいということで、今までと比べ一番長くなってしまいました。参考に前編部は1万1000字足らずです。これだけで最長です。お暇なときにお読みください。
題名は(あいのともしび)と読みます。いろいろな意味で取ってもらって構いません。

基本的にはアニメ遵守。しかし、原作において描かれた、猫妖精(ケット・シー)との結末がついた前提となります。アイ視点で、時間軸としては未来のお話です。
ちなみに新たな登場人物も登場します。二次創作としてどうなんだ、と突っ込みいれられるかもしれませんが、お楽しみいただければ幸いです。
また、前述の猫妖精のように漢字に振り仮名は最初だけつけてあります。その後は、各々で読んでいってください。もちろん、漢字をそのまま読んでも、また違った趣があるかもしれませんので、そこはご自由に。

※2011/1/24(月)更新
一人前(プリマ)→手袋なし(プリマ)、半人前(シングル)→片手袋(シングル)
また、前編の結びの部分、一部改変しました。
公開直後の改稿、申し訳有りません。

※2011/01/20(日)更新
後編公開しました。
1万3000字足らず、前編合わせて、2万3000字ほどとなります。ご参考の程に。
これまでで一番長くなってしまいました。楽しんで読んでもらえれば幸いです。
前編の最後にリンクを張っておきました。
既に前編をご覧になった方は、こちらからどうぞ。


【あらすじ】
火星での日々。それはとても愛おしくて大切な時間。
これは、夏、夜光鈴が売り出される季節の出来事。
猫妖精を巡る、もう一つのお話。



~アイの灯(前編)~

【ネオ・ヴェネツィアの日々】
 火星(アクア)にきてからどれくらい経ったのだろう。水先案内人(ウンディーネ)になってからどれだけ月日は過ぎたのだろう。
 おそらく数えてみれば、両手の指に余るくらいの月数であるに違いない。
 だけれど、こうして櫂(オール)を手に、水面の上に舟(ゴンドラ)を走らすとき。海の都を感じるたびに思う。
 ずっと昔からこの場所に住んでいたような気がする。
 目を閉じれば風の音。かもめの鳴く声に海のざわめき。そして澄んだ空気。すべてが私の身体を包む衣となり、心をも癒してくれる。
 目を開けば、海の上に建てられた都、ネオ・ヴェネツィアの街並み。まるで私の帰りを待っていてくれるかのように、華やかで温かい雰囲気に満ち溢れている。
 今はここが私の故郷。
 岸辺からはみ出して建てられた、ARIAカンパニーが、私の帰る家。

 現在ARIAカンパニーの人員は二名。昔から少数精鋭だったという。といって、私が精鋭の中に入るのかといわれれば、はなはだ疑問ではある。ただ、手袋なし(プリマ)水先案内人の先輩で、遙かなる蒼(アクアマリン)の異名を持つ水無灯里さんは、それは見事な櫂さばきで、お客様方を魅了していた。
 かつての三大水先案内人の再来とも目される、期待の新星、そのうちの一人。私の憧れの水先案内人であることは、いうまでもない。
 灯里さんは普段はぼんやりとしていて、それは以前、火星を訪れたときと変わりなかった。それが、彼女が櫂を手にした瞬間、艶やかに美しくそれは見事な櫂さばきを披露する。まるで海に心通わせた妖精、まさにウンディーネそのもののように。
 はじめてあった時とは比べ物にならないほどの変容ぶりに、私は大いに驚いた。そして彼女の第一のファン、一番弟子になったことに誇りを抱くほどに、彼女の水先案内の虜になっていた。

 ある日、灯里さんが私に不思議なお話をしてくれたことがあった。それは、この街の七不思議。猫妖精(ケット・シー)にまつわる、すこし恐ろしくも温かい出来事。
 実のところ、私はそのうちのひとつを経験している。カーニバルの祭りに招かれたとき、ネオ・ヴェネツィアの心、猫妖精に出会ったのだ。
 そう、この街の心……。
 灯里さんはよく、猫妖精のことをこう表現した。そしてその言葉を口ずさむとき、胸に手をあてるのだ。そこに輝くのは、蒼い結晶。海をそのまま閉じ込めたような色の宝石のペンダント。眼を細め穏やかな声音で彼女は話した。まるでその石に、かの妖精が宿っているかのように。
 水路の無限回廊、蜃気楼の喫茶店、カーニヴァルのカサノヴァ、サン・ミケーレ島の噂の君、不幸の石。眉唾ものの話ばかりだけど、そのうちのひとつを知る私にとっては、信じざるを得なかった。
 七不思議談話も終わりにさしかかると、ふいに灯里さんはどこか悲しげな、それでいていとおしげな顔をした。
 遥かなる蒼を詰め込んだ宝石を見せ、
「猫妖精が私にくれたの。私はここにいる、いつでも見守っていてくれる。だから」
 彼女は軽く笑むと、
「迷わずに櫂を漕ぐことができるの」
「私もまた会ってみたいなぁ」
 私が言うと、彼女はなぜか複雑な表情で、
「会えるといいね」
 とどこか遠い目をして言った。そして、私に聞こえるか聞こえないかの声で、
「もう、会えないんだって……」
 と囁いた。
 私は、七不思議の最後は何かと訊くことができなかった。


【既視感】
 火星にきてはじめての夏。夏の空気は残酷なくらいに熱く、火炎之番人(サラマンダー)が仕事をさぼっているんじゃないかと疑ってしまうくらい。
 熱帯夜をうなされながら寝たせいで、寝起きは最悪。今日は一日中睡魔に襲われそう。
「あ、アリア社長、おはようございます」
 身体を起こすと、目の前でベッドに乗っかっていたアリア社長と目が合った。私が頭を下げると、アリア社長も、「ぷいにゅ」と一礼した。
 太りに太ったその体躯。ふわふわの体毛に包まれたアリア社長を見るたびに、私は抑えきれない感情に襲われる。
「もう、アリア社長可愛すぎです!」
 急に殺気を感じ逃げ出す火星猫をむんずと抱きしめる。
「ぷいにゃー!」
 悲鳴ともいえる鳴き声を気にするでもなく、もちもちしたマシュマロのような身体を存分に味わう。これはもう朝の日課といえる。はじめは本当に嫌がっていたアリア社長も今では、しばらくすると本当は気持ちいいいいのではと思える表情を浮かべる。
 抱き枕を抱くようにアリア社長を腕の檻に閉じ込めながら、私はカレンダーに視線を移した。
 月はなんと十七月。そう、火星では地球(マンホーム)と比べ公転周期が二倍なので、季節が巡るのはそれだけゆっくりとなる。それゆえ、火星では二十四ヶ月で一年。そのことを考えるたびに、火星にいるんだってことを実感する。
 カレンダーには、今日の日付のところに、赤い丸しるしがつけてある。
 今日は灯里さんと一緒に夜光鈴を買いにいく予定なのだ。
「楽しみですね、アリア社長~」
 また、力を込めて抱きしめる。
「ぷ……」
 すると、アリアはなぜか涙を流していた。よく見ると、知らず知らずの間に手は首に……。
「って、大丈夫ですか、アリア社長ー!」

「随分賑やかだね」
 なんとかアリア社長が息を吹き返すと、扉の方で声がした。灯里さんだ。
「あ、灯里さん、おはようございます」
 私はあわてて挨拶する。アリア社長はのびたままだ。
「おはよう、アイちゃん」
 明るい笑みを浮かべる灯里さん。以前より髪は延びたが、立派なもみあげは今も健在だ。なんとなく大人びた風貌に見える。だけれど……。
 灯里さんは仰向けになったアリア社長の額をぽんぽんと叩いた。
「アリア社長。おはようございます。起きてください」
「…………」
 返事は無い。あれっ? もしかして死んだ振りをしてからかってるのかしら。
 その様子を見て灯里さんは、
「……はひ~、アイちゃんどうしよう。アリア社長が~」
 おろおろ慌てふためき、部屋をいったりきたり。こういったところは、以前とまんま変わってない。
 灯里さんは何の意を決したか、急停止した。そして、興味深そうにアリア社長の身体を眺めた。真剣なまなざしでアリア社長に手をのばす。
「な、何をするんですか、灯里さん?」
「ちょっとごめんなさい、アリア社長」
 ど、どこを触ろうとしてるんですか、アリア社長は死んでませんよー! と言おうとする前に、彼女の手はアリア社長の大事なもちもちぽんぽんに、
「ぷいにゃーーー!」
「気持ちいいねー」
 アリア社長の叫びにはおかまいなしに、灯里さんは恍惚(こうこつ)とした表情でもみもみもみもみ。
 私はそのすさまじい光景を、しばらく呆然と見つめていた。やがてはっと気を戻し、
「や、止めてください! アリア社長が、アリア社長が! 大丈夫ですか~!」
 暴走した灯里さんは非力な私ではびくともしなかった。アリア社長の叫びはしばらく続いた。壮絶な、筆舌に尽くし難いほどの光景だった。
 何か大切なものを失った顔を浮かべるアリア社長に、二人で平謝りしたのは言うまでもない。
 アリア社長大災難の朝。といってもこういった日はよくあるのだけれど……。心の中で我慢しなきゃとは思う。だけど、あのもちもちしたさわり具合を体感したら、やっぱり耐えられない。
 いつもごめんなさい、そしてごちそうさま。と、事があった日の夜は、そう祈ってから寝るようにしている。

 騒がしい朝の嵐(主に私と灯里さんが元凶)もおさまり、朝食の席に落ち着くと、灯里さんはやっと本題を切り出した。
「もう夜光鈴が売り出される季節かぁ」
「そういえば、私って夜光鈴ってまだ見たことないです」
「ほへっ?」灯里さんはまぬけな声を出すと、「ああ、そうだったね。前に話したことがあったから、てっきりアイちゃんも見たことあるような気がしてた」
 以前メールで、灯里さんが地球であった出来事を教えてくれたとき、夜光鈴の話もしてくれた。日本に、かつてあった風鈴のようなもの。ただ、風鈴と違うのは、音を鳴らす鈴が特別な物質でできているところだ。
 夜光石。どうやって光るかは教えてくれなかったけど、その名のとおり、夜になると光る石が使われている。一ヶ月経つと、普通夜光石の玉は消えてしまうのだけど……
「夜光石なら見たことありますよ」
「あ、そうだったね。結晶で残ったから」
 夜光石は、まれに消えずに残ることがある。その石を、灯里さんは今でも大切に取っており、夏になると新しい夜光鈴と一緒に飾るのだという。
「私のも結晶で残るかなぁ」
「うん、きっといつかはね。でも、私はどっちも好きだなぁ」
「そうですね。どちらにしても、まだまだ先のことですし。楽しみだなぁ」
 灯里さんは、夜光石の落ちる光の雨を見て、また、夜光石の結晶が残ったのを見て、おもわず涙がこぼれたという。素敵な光景に、私も一緒にいれたらと何度も思った。それが叶う。もう、待ち遠しくてたまらない。
「ところで、アリア社長は?」
 私は部屋を見回しながら尋ねた。食事の席には一緒にいたはずなのだけど、いつのまにか姿が見えなくなっている。
「ああ、外の日陰で涼んでるんだよ。これだけ暑いと、ね」
 灯里さんが言った。たしかに、朝というのに窓から差し込む日差しは眩しく、浴びているだけでやけどしそうなくらい。これが昼には、なんて考えると恐ろしくてたまらない。
「あれだけふかふかの身体ですしね」
「うん。でも猫は涼しい場所を見つけるのが得意だっていうから……」
 突然、灯里さんが押し黙った。
「どうしたんですか?」
「あ、ううん。なんでもないの。ただ、これって、前にアリシアさんに教えてもらったことなんだ。だから、ちょっと懐かしくなって」
 アリシアさんとは、今は引退した、以前ARIAカンパニーの手袋なし水先案内人だった人。かつては、白き妖精(ホワイトスノウ)の異名を持つ三大妖精の一人。それは凄腕で、櫂さばきに関しては誰も叶う人がいないほど。火星に来たときに何度かその姿を見たことがある。その様はまさに妖精のような、と形容するしかないほどに、綺麗で美しくて……。
 灯里さんも、アリシアさんを彷彿とさせるほどの腕だけど、まだまだ、その域には達していない。それでも周囲からは、いずれは超えると目されている。私はもちろん信じている。かのグランドマザーをも超えることさえ願っているほどだ。
 そして、私もいつかは……。

「そろそろ支度して行こうか」
 食後、片付けをすまし、灯里さんが言った。外からは微かに人々の喧騒が漏れ聞こえる。既に夜光鈴市が開かれているころ。きっとお祭りのように華やかなんだろうな。
「はい!」
 元気に頷き、我先にと支度を済ます。外へ飛び出すと、真夏の日差しを浴びて、思わず手をかざした。
「待って~、アイちゃん」
 灯里さんといえば、何を持っていこうかと右往左往。財布だけあれば事足りるのに、と私は微笑んだ。
 手持ち無沙汰にARIAカンパニーを一周する。すると、ちょうど日陰になっているところにアリア社長を発見した。
「ぷいにゅ~」
 いかにもやる気のなさそうな声をあげて、壁に寄りかかっている。
「大丈夫ですか~、アリア社長」
 呼びかけるが、返ってくるのは、今にも事切れてしまうかと案じてしまうほどにか細い声。
「ああ、こんなところに」
 灯里さんがやっと準備を終わらせたのか、顔をのぞかせた。アリア社長を一目見ると、
「今日は一緒にいけそうにありませんね」
 と残念そうに言った。
「アリア社長。お留守番できますか?」
「にゅ……」
 灯里さんがアリア社長の相手をしている間、私はぼんやりと海を眺めていた。ネオ・アドリア海の大海原。蒼の絨毯の向こうには……、街?
「あれ……あんなところに島なんてありましたっけ?」
 本来地平線が見えるところに、まるでもやのかかった鏡に映したように、ぼんやりとネオ・ヴェネツィアの街並みが浮かんでいる。透明な街が、うねうねと踊っているようだ。
 私が指差すと、灯里さんが説明してくれた。
「ああ、あれは蜃気楼だよ。大気の温度差で空気の密度に急激に差が、生じて……光が異常屈折……摩訶不思議な……」
 灯里さんは虚ろなまなざしで、最後のほうは独り言のように囁いた。
「どうしたんですか?」
 いつもの灯里さんじゃ、こんなにすらすらと説明がでてくるとも思えない。熱で頭がおかしく……いやいや、それじゃ失礼。私は頭をぶるぶると振った。
 灯里さんは、なおも心ここにあらずといった調子で言った。
「既視感(デジャ・ヴ)……なのかな。前にも同じような光景があって、そのときはアリシアさんが一緒で」
 あれっ? そういえば、私もどこかで同じような話を聴いたような。
 そうだ、あれは灯里さんのメールで。でもそのあとは何が起きたんだっけ。何か重要なことを忘れてるような気がする。そして、そのときと決定的に違う何かが――
「きっと気のせいだよね。アイちゃん、行こう。早くしないと、気に入ったのが売り切れちゃうかも」
 灯里さんが言い、私の思考は途切れた。
「あ、はい。アリア社長、行ってきます」
「何かお土産買っておきますからね」
 アリア社長は手を軽く上げただけだった。
 私は汗をぬぐい、先導する灯里さんについていった。何か、言い知れぬ不安を抱えながら……。


【友達】
 サン・マルコ広場の夜光鈴市は、既にたくさんの人々で賑わっていた。あちこちに、夜光鈴を売り出す露天が列を成している。
 3日間だけ売り出されるという夜光鈴。一ヶ月の風流を楽しむため、お気に入りの一品を求めて繰り出すのだから、その賑わいといったら、お祭りのよう。
 ナポレオンがヨーロッパ一と称した広場は、人で埋め尽くされ、また違った趣をかもしだしていた。華やかで、楽しくて、心の底から湧き上がるこの高揚感。そして熱気。かの英雄も、思わず踊ってしまうかもしれない。
 色とりどりの風鈴が並ぶ様は、たくさんの種の果実が列を成して実っているかのよう。もしそうだとしたら、この暑さにやられてしまうかもしれないけど。それほどに天気は快晴。往来する人々をみると、誰もが同じように汗をぬぐっていた。
「まるで風鈴の果樹園みたい」
 灯里さんが言った。
「あ、今私も同じこと考えていました」
「……ううん。なんだか違う」
「へ? あ……恥ずかしい台詞禁止?」
「そう、それっ!」
「藍華さん、このところ一緒になる機会なかったですからね」
「そうなんだよ。なんとか新しい会社は軌道に乗ったみたいだけど、今度は盛況すぎて、休日なんてなきにしもあらずみたいな感じで」
 藍華さんは、灯里さんの親友で、薔薇の女王(ローゼン・クイーン)の異名を持つ手袋なし水先案内人。数年前にカンナレージョ支店を立ち上げ、てんてこまいの日々だと水先案内専門誌の『月刊ウンディーネ』でも語っていた。
「それでも、たまには会ってるんですよね」
「うん。でも藍華ちゃんの恥ずかしい台詞禁止を聞かないと、なんだか落ち着かないんだよね。ああ、藍華ちゃん」
 灯里さんは懐かしそうにその名前を呟いた。まるで往年の恋人を想っているかのよう。
「薔薇の女王様、可愛い泣き虫さん、素敵な水の妖精さん。会いたいよ~」
 灯里さんが天を仰いで嘆いていると、
「こりゃ、そこ。恥ずかしい台詞禁止! ほんと、こっちまで恥ずかしくなるから!」
「ほへ?」
 後ろから懐かしい声がして、私と灯里さんは振り向いた。
「あー! 藍華ちゃん。こんにちは」
「藍華さん、こんにちは」
 そこには噂をすればなんとやら。藍華さん、その人が。隣には、おそらく後輩なのだろう。姫屋の制服に身を包んだ、私と同じくらいの歳の水先案内人が付き添っていた。
 今にも透けてしまいそうな白い肌。艶やかな長い黒髪。背は私よりも一回り小さく、お人形みたいな小さな顔立ちをしていた。知らずに横切ったら、動く人形と勘違いしてしまいそうなほど。
 彼女は、「こんにちは……」と、恥ずかしがりながら挨拶を返した。
「ああ、この子はアニタちゃんっていってね。見てのとおり、新しく入った子」
 藍華さんが、アニタという少女の肩に手を乗せて言った。彼女はうつむくように頭を下げた。どうやら挨拶のようだ。
 私と灯里さんも、軽く頭を下げた。と、彼女の手に視線がいき、
「え、でも、もう片手袋(シングル)みたいですけど」
 私が疑問を口にする。彼女の手には、片方しか手袋がはまってなかった。
「ああ、この子もともと火星出身でね。お手伝いで、たまに舟を漕いでたんだって。だから、入社したころには、もう片手袋に足る力はあったってわけ。まあ、あたしや灯里や後輩ちゃんにはまだまだ叶わないけどね。アイちゃんも仲良くしてあげてね」
「よろしくね、アニタちゃん」
 藍華さんに背を押されたアニタちゃんの手を取る。
「よ……ろしく」
 赤面しながら彼女が言った。もう、そんな顔されたらこっちも恥ずかしくなるって。

「そういえば、アイちゃんってもう友達いるんだよね。前に灯里が大はしゃぎで言ってたけど」
 夜光鈴探しが再開し、四人で迷いながら歩いているとき、藍華さんが尋ねた。
「あ、はい」
「年下? 水先案内人としての腕前は? あれっ、でも数ヶ月も経ってからできるなんて随分遅いわね。あたしなんて、ぱっぱと灯里を手中に収めたっていうのに」
 矢継ぎ早に言われて、私は答えに窮する。「あはは……」と、どこかあらぬほうを向いて、灯里さんが苦笑いした。
「私がアイちゃんに構ってばっかりいたから」
 入社したてのころ、灯里さんは手袋なし水先案内人の忙しさにも関わらず、空き時間は無理をしてまで、私の練習に付き合った。その気持ちは嬉しいのだけど、いささか度が過ぎて……いわゆる過保護というやつだ。そのあまりもの熱中っぷりに、寄るものも寄らなかったというわけだ。
「それで、そのこは年下で。あの、でも水先案内人じゃないんですよ」
 私が言うと、がばちょと二人はこちらを振り向いた。アニタちゃんは首をかしげただけだった。
「ええ~、そんなの初耳だよ。誰? 火炎之番人? 地重管理人(ノーム)?」
 灯里さんが顔を思いっきり近づけて、詰問するみたいに訊いた。あきれた顔をして、藍華さんが引き離す。
「先輩が知らなくてどうするのよ」
「だって。あまりにも嬉しかったから」
「あの、それで、そのこはシ……はぁ」
 二人はこちらなど眼中もないかのように、藍華さんが灯里を責め、灯里さんがたじろぎながら言い訳、それの繰り返し。
「アイさん。ええと、風追配達人(シルフ)、ですよね」
 アニタちゃんが、恐る恐るといった調子で言った。
「もう、アイでいいってば。それに、敬語は禁止」
「うん、アイ……ちゃん」
 彼女は恥らうように顔を赤らめて、ぼそりといった。そして、うっすらと笑う。
 その顔反則!
 これがときめきというものなのだろうか。悶え死んでしまいそうなほどの破壊力だった。
「でも、珍しい。風追配達人のご友人なんて。私の周りは、みんな水先案内人の友達だったから。私も……お友達、欲しいな」
「なに言ってんの。私たち、もうお友達でしょ。こうやって知り合ったんだから、そうじゃなきゃもったいないというか。とにかく、そういうこと! 友達! 良い?」
「う、うん」
 私の剣幕に押されて、アニタちゃんは頷いた。すこしやりすぎちゃったかな。
 でも、アニタちゃんは、嬉しそうに微笑んだ。それで私は、ほっと胸をなでおろした。
「でも、どうやってその人とお友達になったの?」
 私は思わず苦笑いする。
「ああ、それはね。なんというか、成り行きというか」
 ――おおーい!
 そうそう、こんな風に声が空から落ちてきて、
 ――どいてどいて、ぶつかっちゃう!
 段々声が近づいてきて……って、え?
「アイー!」
 私を呼ぶ声が聴こえて空を見上げると、太陽を背景に、小さな点が落ちてきて。段々とそれが大きくなって……風追配達人の乗るエアバイクだと理解したところで私は悲鳴をあげた。
 重力に逆らうことなく、地表すれすれまで落っこちてきたエアバイクは、私の鼻の先で、なんとか動作を停止。
 直撃を受けそうになった私は、それこそ心臓が止まりそうなほどだった。
「こ、こここんにちは、秋葉ちゃん。天使の迎えかと思ったよ」
 声が震えながら、目の前の暴走娘に言った。短髪で丸眼鏡。元気は人一倍の、傍からはもしかしたら男の子のようにも見えるこの子が、私の友人。恥ずかしながら。
 彼女は私の傍らにエアバイクを着地させて、ひらりと飛び降りる。
 全く悪びれたところが無いのが、はなはだ爽快で、怒る気も失せてしまう。
「いやぁ天使なんて照れるなぁ。それにしても、ごめんごめん。でも、今回は落ちることはなかったでしょ」
「この方が秋葉さん……」
 アニタちゃんが呆然とした様子で呟いた。
「ああ、秋葉でいいよ」
「うん、……秋葉、ちゃん」
 なんだかさっきの私とアニタちゃんの繰り返しのような気がした。いや、別に彼女を取られたとか、そんな気分では決して無くて……。
 秋葉ちゃんは、私より二つ下(地球換算)。『青い鳥運送』という会社に所属する、まだ半人前の風追配達人だ。
「くあー! なんだこの子。可愛いすぎでしょ! いつのまにこんな子手に入れたんだい、アイたん!?」
 年上でも、仲がよければ同年代と同じように、誰とでも気兼ねなく明るく接する。しょっちゅう事故を起こすのだけれど、なぜかみんな笑って済ませちゃう。仕事は、ご想像の通り、ほとんど無いのだけど……。
「べ、別に手に入れた、というか、興奮しすぎだよ、秋葉ちゃん。それより、どうしてここに」
「ああ、仕事が早めに終わってね。愛する彼女のもとへと、こうして駆けつけてきたというわけだよ。ところで、浮気はいかんのではないかね!」
 眼鏡をクイクイと動かしながら、硝子の奥の瞳に私が見えるくらいにまで近づく秋葉ちゃん。
「くすくす」
 彼女の暴走っぷりを、傍で見つめていたアニタちゃんは、ふと笑みをこぼした。はじめて見た顔かもしれない。
 その様子を見て、私も思わずもらい笑い。いつの間にか三人で笑いあっていた。
「じゃあ、エアバイク片付けてくるね。その間にイチャイチャしてたらだめだぞー!」
 と、彼女はまた疾風のようにバイクを飛ばしていって、また嵐のように舞い戻ってくるのだった。

「随分賑やかで楽しそうね。女三人寄ればなんとやら」
「わぁ、もしかしてこのこが?」
 いつの間にか人数が増えて、談笑してた私たち。先を行っていた藍華さん、灯里さんが戻ってきた。
「どうぞよろしくお願いします。青い鳥運送の秋葉といいます。アイの最初の人です」
 彼女は制服の胸ポケットから、名刺を二枚取り出して営業スマイルを浮かべた。って、秋葉ちゃん、その挨拶語弊がありすぎ!
「あら、割引券付きじゃない」
「ありがとー、秋葉ちゃん。って、えー風追配達人だったのー!」
 灯里さんが名刺を見ると、大仰に驚いた。さっき、水先案内人じゃないとは言ったはずだけど……。
「じゃあ、ウッディーさん知ってる?」
「あ、はい。この業界では頂点の『浪漫飛行社』の一員ですよね。空のマグロなんて異名までついて、私たちの憧れですよ」
 それにしても、先輩方を前にすると、きちんと喋れるんだな、と私は変なところで感心していた。てっきり、誰にでもそうかと。でも、それだと社内でも浮いちゃうもんね。その分、私と、そしてアニタちゃんには、長年連れ添った友のように話してくれる。なんだか、特別な存在みたいで嬉しかった。
「でもでも、青い鳥運送も、少数ながらもかなり有名よ」
「ええー! そうなのー?」
「あんたは、何も知らなすぎよ」
 灯里さんと藍華さんが漫才のように会話している。やっぱりこの二人は長い付き合い。並ぶとそれがひしひしと伝わってくる。
「それじゃあ、青い鳥の代わりに、幸せというお届けものを運ぶんだね」
「恥ずかしい台詞禁止!」


【白昼夢】
 いつの間にか三人は打ち解け、楽しそうに話している。私とアニタちゃんは、その脇で、本来の目的の夜光鈴選びをすることにした。
 空を見上げると、陽は高く、頭がぼうっとするほどに暑い。
 屋台の輪郭も、こころなしぼやけてゆらゆら揺れている。
 アニタちゃんも汗が滝のように吹き出て、今にも倒れそうなくらいにしんどそうな顔をしている。
 言葉もでない。あの三人が、なんであんなに元気なのか信じられない。
 無言で夜光鈴を一つ一つ見てまわる。
 風は凪ぐ。
 等間隔で並ぶ夜光鈴は、まるでなにかを待つ行列のよう。
 その先に何があるの?
 周りのざわめきも掻き消える。
 私だけがここにいる。
 夜光鈴市場の列だけが、ここに存在して、私はそれを見てまわる。
 あ、これ可愛い。
「あの、これください」
 だけど、勘定をするにも人がいない。
 何かがおかしい。前に同じ話を聞いたような気がする。頭の隅に、何かが引っかかる。もうすぐ、その何かを思い出そうとするとき、目の前に一匹の猫が横切った。
 白くまん丸な体躯。大きな海の色の瞳。
「あ、アリア社長……」
 アリア社長は逃げるように駆けていった。普段からは考えられないほどの速さで。
「待って……」
 私は追いかける。
 なんで誰も人がいないんだろう……。
 私以外の人がいなくなったかのように、市場は閑散としてる。
 なんで追いつけないんだろう……。
 どれだけ速く走っても、その分アリア社長も速く、不自然な速度で逃げていく。
 逃げていく。
 幻のように、そこにアリア社長がいないように。
 あれっ?

 ナンデアリアシャチョウガココニイルノ?

 私とほぼ一定の距離を保ちながら逃げるアリア社長が、ふいにある喫茶店に入っていった。
 こんなところに店なんてあったっけ。
 私は疑問に思いながらも、扉をあける。疑問に思いながらも、店に入る。
 それが当然であるように。
 見えざる手に導かれるように……。
 チリンチリンと心地よい鈴の音がした。
 一つの夜光鈴が、窓辺に飾ってある。隙間風でも入り込んでいるのか、小刻みに揺れ、不規則に鳴いているかのように、音を奏でている。
「涼しい……」
 吹き出た汗が、嘘のようにひいていく。
 ここはまるで、広大な砂漠に見つけたオアシスのよう。
 そういえば、猫って涼しい場所を見つけるのが得意なんだっけ。
 ただ、そこにアリア社長の姿は見えなかった。
「いらっしゃいませ。アイちゃん」
 代わりに、カウンターの向こうにいたのは、
「……灯里さん。なんで……?」
 灯里さんは微笑んだ。いつもの変わらぬほんわかとした、それでいて吸い込まれてしまいそうな顔で……。



後編に続く。


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似非店員:樹
百合と眼鏡が好きな人です。
日本語、和風なものも大好物。
掲載しているものは、主に百合もの、ファンタジー小説となっております。
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